約 438,576 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/861.html
トリステイン魔法学院は広大な敷地を誇るため、一言に寮から宝物庫と言っても結構な距離がある。 少女の速度でしか走れないルイズと、老人ながら鍛錬を重ねた肉体を持つジョセフとでは到達する時間も圧倒的な違いがあるのは当然のことだった。 (出来ればああいう危険な場所に連れていきたくはないんじゃがな) 結構な距離がある場所からでも「あれは巨大だ」と判るほどのゴーレムが宝物庫の塔を殴り続けている現場は、子供でも危険だと判る。 だが腕の中のルイズは、「魔法学院に来るだなんて……いい度胸してるじゃない……!」と、背中の毛を逆立てていた。ふぎゃーと鳴き出さない様に気をつけなければなるまい。 この分だと連れて行かなければ気が済まないだろうし、連れて行くなら行くで自分の目と腕の届く場所に置いておく方がよっぽど安全と言うものである。 「それにしても……あんな大騒ぎするとはまたムチャなことをしよる! 宝物庫からモノ盗むにしたって、もうちょっと静かにやったらいいんじゃないのかい!」 「ああいう派手なコトしたがるのは『土くれ』のフーケだわ! 舐めた真似を……っ!」 「なんじゃその『土くれ』のフーケって!」 「貴族ばっかり狙ってる盗賊よ! 見ての通りああいう派手な盗みで貴族を馬鹿にしてるから色んな国から賞金掛けられてるのよ!」 「ってゆーか、ありゃ明らかにメイジじゃろ! ギーシュとか問題にならんぞ!」 「当たり前よ! あれだけ大きなゴーレムを錬金出来るってことは多分最低でもトライアングルクラスなメイジ……ドットなギーシュとは比べ物にならないわ!」 見たら判るわい、という言葉はごくりと飲み込んで。 「とりあえず! あれをブッちめるとかそんなんは幾ら何でもムリじゃ! 学院にはちゃんとしたメイジ達がおるんじゃろ、せめて足止めくらい出来りゃッ……」 背後を振り返ったジョセフだが、空を飛べるはずのメイジ達が寮の窓から飛び出してくる様子は全く無い。 つまり普段馬鹿にされているルイズだけがいち早く宝物庫に駆け付けて、ルイズを馬鹿にしている連中はまだ来てもいないというか……来る気配すら見せていない。 (おっ……お前ら、ちったあ大口に似合った働きくらいせんかい!) 窓から飛んでこないということは、自分の足で走ってくるということだがそれは非常に期待が薄い。つまり、ここから自分達だけでどうにかしなければならないという事である。 退却しようにも主人にその気が全くないという事と、ジョセフ自身にもそんな気は全くないという事である。 「ぶっちゃけるぞルイズ! 正直、わしではあいつに勝てる見込みは全くない! じゃからとにかくフーケとやらの足を止めて、何とかする方向性で行くッ!」 「そんな後ろ向きな!」 「正直足止めだって過ぎた状態じゃわいッ」 悪態を付きながらも、さてどうやって足を止めるかを懸命に考えるジョセフ。 (まァああいうデカブツを相手にするときのセオリーはッ……足を狙ってブッちめる、というのが無難じゃわなァ~~~。それであやつの動きを止められれば、何とかなるかもしらん!) 「ルイズ! お前は遠くから何でもいいからあやつに魔法をブッ放してやれ! わしはあやつに突っ込む!」 「判ったわ!」 やがてゴーレムのフォルムが十分に視認できる距離まで来たところで、まずルイズを降ろし。ジョセフはそのまま右手にハーミットパープルを纏わせた。その瞬間、手袋の中で眩く光った光は、夜の闇の中でほのかに漏れた。 「……なんじゃ、これはッ……」 しかし手袋を脱いで光の正体を把握しようとする前に、ゴーレムをハーミットパープルの射程範囲に捕らえていた。 錬金された土で構成された小さな灯台ほどもある太い足は、如何にも堅固そうでただ殴ったりしていては歯も立つまいとは馬鹿でも判る。だから。 「行くぞッ! ハーミットウェブ!!」 右腕を大きく振りかぶって勢い良く突き出せば、素早いスピードで茨達がゴーレムの足に食い込み、内部へと侵食を始めた。敵の内部にハーミットパープルを沈み込ませてから、そこに波紋を爆発的に流して破壊しようという作戦である。 「食らえぃッ! 波紋のビィィィィィィトッッッ!!!」 たっぷりと波紋を流し込んだ瞬間、ゴーレムの足が凄まじい爆発を起こした! 「よしッ! やったッ!」 グッと拳を握ったガッツポーズは、しかし次の光景を目の当たりにして固まることとなる。 爆破したはずの足は、まるでビデオの巻き戻しのように破片が足のあった場所へと戻り、すぐさま新たな足として復活してしまったのだ。 「大したモンじゃないか! だがね、それじゃあこの『土くれ』のフーケの錬金したゴーレムは壊せないってコトなんだよ!」 柄の悪い喋り方で、女の声が上から降ってくる。 (フーケとやらは女かッ。じゃが今はそんなこたぁ関係ないッ!) 後ろに飛びずさり、距離をとろうとした瞬間、ルイズの呪文が完成した。 「ファイアーボールッ!!」 しかし詠唱が終わった瞬間に杖の先から火の玉が迸る代わりに、前触れもなくゴーレムの腕が大爆発を起こし、しかもその爆風の余波で宝物庫の壁にヒビを入れてしまっていた。 しかも間の悪いことに、胸から飛び散った破片(破片と言っても、ルイズほどもある大きさの土塊である!)がジョセフのいる辺りに降り注いだ! 「うおおッ!?」 飛びのこうとする動きを封じられ、思わず腕で身をかばうジョセフ。 しかしその反射的な動きがジョセフの命取りだった。 再生しようとするゴーレムに引き寄せられる土塊に、ジョセフも巻き込まれたッ! (う……うおおーーーッッッ! し、しまった……フーケのゴーレムの再生方法は、「壊れた箇所を構成していた土が巻き戻しのように壊れた箇所に戻る」ッ! じゃったら、吹き飛ばされた土塊どもの側におるわしもッ……)『引き寄せられる』ッ! 正確には、ゴーレムを構成する土に隙間なく魔力を敷き詰めることにより、「土塊それぞれに自分が構成しているパーツの場所を覚えさせる」というプロセスを経る事で、フーケのゴーレムは強力な再生能力を得ることに成功していた。 そして破壊された破片達の中に取り残されたジョセフも、土塊を引き寄せる魔力の網に引っかかる形となり『引き寄せられた』のだッ! 果たして再生した手の中には、ジョセフが首だけ出した形で握り締められていた! 「ジョっ……ジョセフ! ジョセフを放しなさい!!」 この事態の元凶ともいえるルイズは、自分のしでかした大失態に気付く様子さえなく、次から次へとゴーレムに爆発を起こさせ、土塊を地面とゴーレムの間で往復させ続けていた。 「うっ……うおお! やめっ、やめるんじゃルイズ! わしが死ぬッ!!!」 腕で顔をかばうことも出来ないジョセフが必死に制止するが、頭に血が上りきったルイズに、爆風に紛れたジョセフの必死の悲鳴が届くはずも無かった。 そしてフーケは、ヒビに入った壁にジョセフを握ってない腕で数発のパンチを入れ、人が通り抜けられる隙間を作り出した。 「感謝するよお嬢ちゃん! この忌々しい防御魔法ばっかの壁はゴーレムでも吹き飛ばせなかったんでね!」 嫌味ったらしく言い残したフーケは、悠然と宝物庫への侵入を果たす。 そして数分後、何かを大切そうに脇に抱えたフーケが出て来ると、彼女は再びゴーレムの肩に乗った。 「あはははははっ! 確かに頂いたよ! せっかくだからこのジジイは殺しちまってもいいんだけどねェ……」 見事に目的を果たしたフーケは、高笑いと共に、なおもゴーレムを爆発させ続けるルイズと、なおも腕の中から逃げ出そうともがいているジョセフを見下ろした。 「あたしの仕事を手伝ってくれたお礼にジジイは返してやるよ!」 そう言いつつも、地響きを鳴らしながらゴーレムは塀へ向かって歩いていき。もののついでとばかりに塀を踏み潰したところで、ジョセフを握っている腕を振り上げ―― 「ちゃんと受け取りなッおチビちゃんッッッ!!!」 ジョセフを、魔法学院に建つどの建物よりも高く放り投げたッ! 「うっ、うおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!?」 幾らジョセフと言えども、何十メイルもある高さから落ちれば無事では済まないどころか死んで当たり前! (ハーミットパープルでどっかに引っ掛かるかッ……落下スピードを殺しきれるか!?) 右手にハーミットパープルを蔓延らせながらも、瞬間的に捕まりやすい建物を探すも、御丁寧にどの建物からも遠い広場に落ちていく! (しっ……死んだかァーーーーー) さしものジョセフも何の解決策さえ見つからず、死を覚悟したその瞬間! 一頭の風竜が、落下するジョセフを口で咥えて受け止めた! 「ナイスキャッチ、シルフィード」 「きゅいきゅい!」 淡々とした少女の声に、嬉しそうに答える竜の声。 「たッ……助かったのかッ……?」 下半身を竜の口に咥えられたまま、ジョセフは竜の上に乗っている二人の人影を見た。 「はーいダーリン、危機一髪だったわねえ。ごめんねー、ちょっと用事があってね♪」 「その声は……キュルケか!」 何度もアタックを掛けられた声は十分に記憶に刻まれている。 「そうよダーリン。ああ、なんて運命的なのかしら! 愛するダーリンの危機をこんな形で救えるだなんて!」 勝手に自分の世界に入って身体をクネクネさせているキュルケを、横の少女が杖で小突く。 「シルフィードは私の使い魔」 無表情に抗議した青髪の少女に、ジョセフはにかりと笑った。 「おうそうじゃった! お嬢ちゃんのおかげで助かったわい。ええと、名前は……」 キュルケとよく行動しているのは見かけるが、こうして会話をしたのは初めてだった。放課後の教室での集まりに参加していない少女の名前までは、流石のジョセフも覚えていない。 「タバサ。タバサと呼んでくれて構わない」 「オーケー、助かったわいタバサ。すまんが、ちょっくら下ろしてくれんか。安全じゃろうというのは判っとるんじゃが、ドラゴンの口に半分咥えられとるのは心臓に悪い」 心臓に毛が生えているジョセフでも、肝を冷やす事態がこれほど連発すれば弱気な発言が出るのも致し方ない。 地面に下ろされたジョセフは、ぺたりと地面に腰を下ろした。 そこにルイズが駆け寄ってくる。 「何してんのよジョセフ! 早くフーケを追いかけるのよ!」 今の事態をこれ以上なく悪化させた張本人を見るジョセフの目が恨みがましいのを誰が責められるだろうか。 だがジョセフが投げ捨てられてキャッチされて着地するまでの間に、ゴーレムは既に巨大な土塊の山に戻っており、フーケの姿ももうないようだった。 「こいつぁ参った……早いトコ追いかけんと逃げられちまうぞ!」 フーケが魔力を込めた土塊とこの周辺の地図を媒介にして念写すれば、今からフーケを追いかけることも十分に可能。ここで別の国に高飛びされてしまえばより追跡が困難になる。 だが「念写でフーケの居場所を突き止められます!」と言ったところで、誰が信じてくれるというのか。この世界ではスタンドや念写は四系統魔術以外の能力。 ルイズはこの能力を知っているが、それ以外の相手にそれを教えると様々な不都合が懸念される。ルイズとジョセフだけで追跡したとして、今の繰り返しになることは火を見るよりも明らか。 きちんとした討伐隊を組織して追撃するのが一番確実だろうが、討伐隊を向かわせるまでの時間のロスは痛すぎる。そして居場所を突き止められるかどうかも非常に怪しい。 (さてどうするッ……今夜中に追いかけて、ゴーレムを出させんうちに不意打ちするんが一番確実かッ。じゃが向こうも魔法なり馬なりあるから追いかけるにしても……ッ) 沈思黙考に入ったジョセフ。ああんそうやって考えてるポーズがダンディ、とドサクサ紛れに抱きつくキュルケと、離しなさい人の使い魔に何してんのよとキュルケをひっぺがしにかかろうとするルイズ。 ジョセフはしばらくして意を決すると、ルイズにつかまれたキュルケに抱きつかれたまま立ち上がった。 「ルイズ、図書室でここらの地図を何枚か見繕ってくれぃッ」 ジョセフの中で出た答えは、念写で今夜中にフーケに追いついての強襲策だった。 これだけの敗戦(原因は半分以上ルイズだが)を喫した以上、ルイズが一敗地に塗れているという屈辱を甘受する事はないだろう。 となれば、ルイズを連れていくのが一番無難だ。付いて来るなと言っても付いて来る諦めの悪さと聞き分けの無さは、もはや今夜中に矯正出来る見込みは無いのだから。 タバサはその様子をほんの僅かの間眺めていると、静かに口を開いた。 「キュルケ。貴方はオールド・オスマンを図書室にお呼びして。それとジョセフ、図書室の事ならミス・ヴァリエールよりも私の方が詳しい」 キュルケはその言葉を聞けば、「判ったわ」とジョセフから離れ、すぐさまオスマンを探しにやっとこさ現場に集まってきた教師達と生徒達の野次馬のところへと走っていった。 だがジョセフとルイズは、タバサの申し出に顔を見合わせて困惑の表情を浮かべた。 地図で念写する能力を他人に教えるのはまずい、という認識が二人にある。 確かに図書室の主っぽい風情のタバサの方がルイズよりも早く地図を持ってこれるだろうが、それはそれというものだった。 そうやって顔を見合わせているのを見たタバサは、何故二人が自分の申し出を快諾しないのか、おおよその見当はついた。ハーミットパープルとかいう茨を何らかの形で使おうとしているのだ、ということは彼女には理解できる。 そこでタバサは手持ちのカードを一気に広げて見せることにした。 「ジョセフ。貴方の紫の茨は出来るだけ人に見せたくないというのは理解できる」 その言葉を聞いた二人が、同時に驚きに目を見開く。ジョセフが何かを問おうとするのを、タバサは緩く手をかざして制した。 「ヴェストリの決闘で貴方がワルキューレの中に茨を発生させるのを知覚した。巧妙な隠蔽だから気付いたのはおそらく私一人。私はその能力を誰かに言いふらすつもりも無い」 淡々と言葉を紡ぐタバサ。彼女をじ、と見つめるジョセフ。 彼女を信頼していいものかという疑問と、野次馬達に見えないようにしていた隠者の紫を看破した能力。そして現在の切羽詰った状況。それらを勘案し、ジョセフは頷いた。 「――判った。それではタバサ、地図を見繕って貰えるかの」 「ちょっとジョセフ! ご主人様に相談もしないで勝手に決めてんじゃないわよ!」 横目でタバサを見るルイズの目からは、「この女ニガテ」という意思がありありと感じられる視線が注がれていた。。 ジョセフは知る由も無いが、図書室でルイズを諌めたのは他ならぬ彼女だった。 そのおかげでひとまずルイズとジョセフの間にささやかな信頼関係は出来たものの、それでも何かもを見透かすような底知れない何かと、風竜を使い魔にするメイジとしての実力の高さにおちこぼれメイジがコンプレックスを抱くのを誰が責められるだろうか。 ジョセフは、なおもわいやわいやと騒ぐルイズの頭に手を置くと、わしゃわしゃと頭を撫でる。そして何事か彼女をからかう言葉を聞いたルイズがムカついてジョセフの脇腹にチョップを入れた。 その微笑ましいやり取りに、タバサは僅かに切なげな目をしたが、その微かな変化に気付ける親友はこの場にはいなかった。 「事は急を要するはず。ついてきて」 シンプルに用件だけを告げ、タバサは図書室へと歩いていく。 そしてルイズとジョセフも、タバサの後ろについて図書室へと向かっていった。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1281.html
ジョセフの朝は早い。 彼自身としてはもっと寝ていたいのだが、御年68歳になった彼はどうやっても夜明け頃には目が覚めてしまうのだ。しかも最近は睡眠中にも波紋呼吸をするよう心がけていた為、疲労はかなりの短時間で解消されてしまうので睡眠を取る必要もあまりない。 その為、ルイズはジョセフの寝顔をほとんど見たことはない訳だが。 「……んぁ?」 さて目覚めてみれば何やら顔の上に紙が乗っていた。 「なんじゃこりゃ」 指先で摘んで見てみるが、何の変哲もない紙でしかない。 何故こんなものが顔に乗っていたのか首を傾げるジョセフに、鞘から顔を覗かせたデルフリンガーが声を掛ける。 「相棒の運の太さにはほとほと感心させられるぜ」 「何言っとんじゃオマエ」 「俺っちから見た感想だよ相棒」 更に首を傾げる角度を大きくしながらも、軽く伸びをして窓の外を見てみれば月が煌々と輝いており、東の空がほのかに白んでいるところだった。 「さぁて、今日も一日の始まりじゃの」 服を着替えてから、洗濯物の入った籠を抱えて水場へ向かう。 水場に到着すると井戸から水を汲み上げ、タライに水をたっぷりと張ってしまう。その水で顔を洗った後、服をまとめて入れた後で石鹸を指でちぎって入れてから、波紋を練り込む。 そしてほのかな山吹色の光を全身から発した後、波紋を集約させた右手をタライの中に突っ込んだッ! もももももももも…… タライの中で迸る波紋は水を緩やかに微温湯にしていき、石鹸を柔らかく蕩けさせる。 タライから溢れんばかりに盛り上がった大量の泡は一粒一粒が肌理細かく、服の繊維の隙間にくまなく入り込んで汚れを浮き落とす事請け負いである。 十分すぎるほど泡が生まれたのを確認すると、反発する波紋を流してタライの中で水流を発生させる。しばらく一方向に回したら、次は逆方向に回す。 水流が変わるたびに泡がぐるりと巻き起こり、虹色に輝くシャボンが宙に舞う。 「輝虹色の波紋疾走(レインボーブライト・オーバードライブ)じゃよ。あーラクチンラクチン」 かつてリサリサの下で波紋修行に明け暮れていた時、洗濯当番をしていたシーザーがこの技を使っていたのを盗み見してコッソリと自分流に開発した波紋である。 当のシーザーは洗濯前に何やらブツブツと懺悔してはいたものの、この技(シーザーは『シャボン・ランドリー』とか名付けていた)を使わない選択肢はなかったようだ。 洗濯板で根気よくゴシゴシと衣服と格闘するよりは、手を突っ込んでぼけーとしてるだけで洗濯が終わるのだから面倒くさがりのジョセフがこれを使わない手はないというものである。 召喚された当初はボケ老人を装う必要があったから使いはしなかったが、波紋がバレた今となっては隠すメリットが何一つない。というわけで、波紋はハルケギニアで有効活用されることとなった。 夜明け空の向こうでシーザーが「てめェーッジョセフッ! 誇り高い生命の力をなんだと思ってやがるゥーッ」と憤ってたりするが。 「年を取ると耳が遠くなっていかんわい。最近目も霞んできたのォー」 ジョセフはあからさまにシカトを決め込んだ。 しばらくして泡が落ち着いてきたのを見計らって、すすぎに入る。 すすぎに使う水も当然波紋をたっぷりと流し込んでいるので泡が残る心配もない。 最新型の日本製洗濯機にも負けず劣らずの波紋の性能に、ジョセフも御満悦である。 「ふはぁー、一働きすると気分がええわいッ。さ、後はこいつらを干すとするかッ」 物干し場に洗濯物を干してしまえば、続いて部屋の掃除である。 水一杯の桶を両手にぶら下げて部屋に戻ると、用意した箒にはたきに雑巾に波紋をかける。それから掃除用具をハーミットパープルに絡めさせる。 「ハーミットパープルッ! 部屋の汚れを掃除しろッ!」 すると掃除用具を構えた紫の茨が部屋中に迸り、部屋中の掃除にかかる。これもジョセフが編み出したスタンドの有効活用法である。 念視の応用で、ルイズの部屋を媒介として部屋の汚れを念視する。そして波紋付きの掃除用具が辿り着けば、そこで適当に動かすだけで吸着する波紋が埃をふき取るという寸法である。 スタンドは使用者の精神に応じて成長していくものである。ジョセフのハーミットパープルにしたって、最初のうちはDIOの姿を念写する為に一台三万円もするインスタントカメラをブッ叩いて写真を出すことしか出来なかった。 だが旅の中で何度もスタンドを使うたびに、テレビを用いた読心能力も誕生したし、世界中のゲーム機と照合してイカサマがされてないかどうかさえ判るようになったのである。 機械が存在しないこの世界では、「ジョセフの雑用をこなす」ためのスタンドとしてハーミットパープルは大活躍を見せていた。 やがてハーミットパープルがしゅるしゅるとジョセフの元へ戻ってきた時には、ルイズの部屋は十分キレイになっていた。 「ま、こんだけやりゃルイズも文句は言わんじゃろ」 「てーしたモンだよなースタンドってーのは。お嬢ちゃんもこんなアタリの使い魔引いたんだから果報者だぜ」 デルフリンガーが感心したように言うのに、ジョセフもカラカラと笑う。 「まー家族や知り合いにゃ絶対見せられんがのー。もしわしの主人が男じゃったりしたらわしゃここまでマメに働いとりゃせんからのォ」 「はっはっは、相棒は見たとおりのドスケベだな」 「はっはっは、そんなに誉めんとってくれテレちまうじゃないか」 わっはっはっは、と老人と剣が笑いあう貴重なシーン。 けっこう賑やかに会話しててもルイズがそう簡単に起きてこないことは知ってるので、ジョセフもデルフリンガーも声を潜めることなくバカ話に興じるのである。 その後はルイズを起こす時間までのんびりと休憩である。 朝も早くからメイド達が忙しく働いている食堂に行けば、シエスタが自分からジョセフの姿を見つけて駆け寄ってくる。 メイド達もシエスタがジョセフに恋慕の念を抱いているのは周知の事実なので、微笑ましげに立ち話を見守っていた。無論その後で根掘り葉掘りある事ない事を聞き出す為でもあるが。 そして戦場そのものの喧騒が聞こえる厨房に行けば、マルトーを始めとする料理人たちがそれこそ命懸けで立ち回っている。ジョセフの姿を見つけたマルトーは仕事の手も休めないまま、ジョセフとガハハと会話を始める。 何分か話した後で、焼き上がったばかりのクロワッサンを一つ投げてよこす。ジョセフはほかほかのそれを有難く受け取ると、廊下を歩きながら行儀悪く食べてしまう。 そして太陽も地平線から離れ始めた頃、ルイズを起こす時間となった。 毛布に包まりながら「うーんもうたべられないー」などとお約束じみた寝言を言っているルイズの肩とお腹に手を当てると、ゆっくりと波紋を流し込んでいく。 波紋を流し込まれたルイズの体温は緩やかだが着実に上昇して行き、やがてルイズの目がぱちりと開いた。 「…………ぁー……おはよ、ジョセフ」 昨夜の舞踏会からジョジョと呼ぶことにしたはずのルイズだが、寝ぼけた頭ではつい慣れた方の呼び方をしてしまった。 「おうおはようルイズ。ほら、今日もいい天気じゃぞ」 それから顔を洗おうとして洗面器に用意された水に手をつけて「水冷たいー。お湯にしてー」とごねるルイズに苦笑しつつ、水に指先をつけて波紋でお湯にする。 お湯で洗った顔をタオルで拭いてやると、続いて化粧台の前に座らせて髪を櫛で梳く。それから寝巻きを脱がせて下着を着けさせ、制服を着せていく。ガタイの宜しい老人が幼い美少女の服を着せていく姿を見ているデルフリンガーは、密かに嘆息せざるをえなかった。 (おーおー、嬉しそうな顔しちまってなァー。相棒だけならともかく娘っ子も満更じゃないって顔してるんだからなァー。世も末ってヤツだよなァー) ジョセフは気付いていないようだが、服を着せられているルイズの顔にはほのかな桃色が差していた。これまでは従者に服を着せている主人らしく、特に表情に変化はなかったのだが。 けれどもそれがどのような感情に起因する桃色なのかは、さすがのデルフリンガーにも判別できなかった。 そして服を着せ終わっていつでも部屋を出て行ける、という段階でも、まだたっぷりと時間に余裕はあった。 ここでルイズは勤勉に朝の予習を始め、ジョセフは毛布の上で怠惰に寝転んでいた。 「おうそうじゃルイズ。なんか秘薬の材料で足らんモンはないか。今日は城下町に行く予定じゃったから、行き道の近くにあるようなモンじゃったら集めてくるぞ」 「あ、そう? じゃあ、ちょっと待ってなさいよ……」と、引き出しを確認した後で「ああ、ズフタフ槍の草にオニワライタケがそろそろ無くなりそうだわ」と答えた。 「それなら近くの森で採取できるかの。地図貸してくれ地図」 「はいはい」 そんなやり取りの後に、学院付近の地図、それからズフタフ槍の草とオニワライタケが入ったガラス瓶を引き出しから取り出し、地図と草とキノコをテーブルの上に広げてハーミットパープルで念視する。 そうするとそれぞれの群生地を茨が指し示すという塩梅である。後は実際この場所に行ってからハーミットパープルを出せば、茨がそれらを感知して伸びていくというワケである。 「ん、まあこの辺りじゃのォ。よしよし」 とりあえず大まかな場所を確認すると、地図を戻す。 そうこうしているうちにそろそろ部屋を出る時間となった。 「んじゃそろそろ朝メシじゃの」 今日の賄はなんじゃろか、と立ち上がるジョセフに、ルイズがやや慌てて口を開いた。 「あ! ジョセ……じゃなかった、ジョジョ! 今日から、その……あれよ。ちゃんとしたご飯、用意させてるから」 たったそれだけの言葉を言う間に、ルイズの白い頬はすっかり赤くなっていた。 しかしジョセフも、ルイズの言葉に鳩が豆鉄砲食らったような顔になっていた。 「え? まだ飯抜きの期間は終わってないじゃろ」 食事抜きの罰を言い渡しまくったのは誰あらぬルイズである。だがルイズはジョセフの当然の指摘に、何やら椅子をがたんと倒しながら勢い良く立ち上がった。 「いいいいいのよっ! その、あれよ! 使い魔がただのボケ老人じゃなくて、ちゃーんと有能で従順な使い魔だって判ったんだから、ちゃんと主人として報いるところがなければダメなのよ!」 ものすごい早口で言い切るルイズだが、要は「あんまり酷い仕打ちをしてるとジョセフが別の誰かに取られてしまうかも」という危機感が芽生えたという事である。 食事抜きの罰を言い渡した時も、かなり堂々と厨房付きのメイドに尻尾を振って食事を恵んでもらってたし、例えメイドからの補給ルートを遮断しても、ギーシュやキュルケなどの並み居る友人達から幾らでも食事を得ることは出来るだろう。 特ににっくきキュルケに餌付けさせたりなんかしたら、このスケベ犬はすぐに尻尾を振ってついていくに違いない。それだけは何としてでも阻止せねばなるまい、と考えたルイズは、舞踏会が終わった後で、明朝からのジョセフの食事を追加させたという次第だった。 ルイズとしては(ふふ、これで使い魔には寛大な主人という印象も植え付けられて一石二鳥というワケだわ! 私ってなんて頭脳派なのかしら!)と無意味に勝ち誇っているのだが、ジョセフとしてはおおよそのルイズの意図は察していた。 けれど空気の読めるジョセフは、バレバレ過ぎるルイズの思考を指摘することもせず。にこりと微笑んで、深々と頭を下げた。 「わしは情け深く可愛らしい主人にお仕え出来て、全く身に余る光栄ですじゃ」 「そうでしょうそうでしょう。じゃあご主人様の慈悲深さに深く感謝しながら美味しい朝食を噛み締めなさいよっ」 あっさりとジョセフの甘言に騙されて鼻高々にカバンを持って部屋を出て行くルイズ。その後ろをいそいそとついていくジョセフ。 ルイズ主従から少し遅れて部屋から出てきたキュルケとフレイムは、ルイズとジョセフの後ろ姿を目撃することになる。これを目撃したキュルケの感想は(よくわかんないけど、ジョセフは色々大変ねえ)と思い、フレイムは(全くですねぇ)としみじみと同意した。 食事は用意したものの、さすがのルイズでも使い魔で平民をアルヴィーズの食堂のテーブルに付かせる度胸はなかった。 というわけで結局、いつものように厨房の片隅で貴族の食事を取ることになったわけだが。 「……なんつーか居心地わりぃのォ」 特に見られて困るわけでもないのでテーブルマナーにも頓着せずに食べはするが。昨日まで賄いを分けてもらってた所でいきなりランクアップした料理を食べるのは難しいものがある。 美味しいのは確かだが、周囲の人々と一人だけ違う食事を臆面もなく味わえるほどにはジョセフの鉄面皮は厚くなかった。全員が微妙に視線をそらしてくれる心遣いがまたせっかくの料理の味を判らなくしているのがどうにも辛い。 「なあ我らが剣。なんだったら賄い用意するぜ?」 大体事情を察したマルトーがそう提案するが、ジョセフは苦笑しながら首を横に振った。 「いやー……うちのご主人様が用意してくれたモンじゃからのォ。有難く頂かにゃならん」 ルイズは好意で用意したんだろうというのは判るが、今までの仕打ちの中で最もジョセフに効果的なダメージを叩き込んだのはコレだった。何と言うかルイズの空気読めなさっぷりに、苦笑を止めようとも思わなかったジョセフである。 「宮仕えは色々と大変だよなぁ、同情するぜ。でもフライドチキン一つくらいは入るよな?」 「すまん、よろしく頼む」 結局、その日の朝食で一番美味しいと感じたのは、1ピースのフライドチキンだった。 食事を終えると、シエスタお手製のサンドイッチとワインの入ったバスケットを受け取り、厩舎に出向き馬を借りる。前もってルイズが馬の使用許可を取っているし、厩舎番の使用人達からも好意的な反応を受けているので全く問題もない。 まず城下町に行き、武器屋で以前頼んだ品物を受け取りに行く。最初の出会いからして悪乗りが過ぎたため、親父はジョセフを自分の命を取りにきた死神のような目で見ることは仕方のないことだった。 そんな親父に用意させた小型のボーガンと、このボーガンには間違いなくサイズの合わない強靭で長い弦。それを数本受け取り、秘薬屋に寄ってルイズの求めていた材料を買う。 昼食は広場の噴水の淵に腰掛けてサンドイッチとワインを嗜んで、帰りがけに近くの森でズフタフ槍の草とオニワライタケを採取して、バスケット一杯に詰めて帰る。 ヴェストリの広場にボウガンと弦を置き、部屋にバスケットを置いた後、ちょうど授業が終わった教室に大手を振って入ると、いつもの通り益体もない世間話に興じる。その話の輪の中には、赤い洗面器で笑える会の一員であるルイズも、加わっていた。 だが今日は夕食前まで続く会合は、「今日はすまんが用事があるんでここまでッつーことでなー」というジョセフの言葉で、惜しまれながら解散となった。 だがジョセフは、帰ろうとしていたギーシュを呼び止めた。 「おうすまんの、前に言ってた話を試したいんでの」 その言葉に、ギーシュはぽんと手を叩いた。 「ああ、あの話だね? 準備が出来たって訳だ。この『青銅』のギーシュが友人の頼みを断るはずがないということは、無二の親友であるジョジョは判ってくれてるんじゃないのかい?」 いちいちキザったらしい言い方と大袈裟な身振り手振りが、注意を引かないわけもない。 ルイズが目を光らせて「使い魔が何をするのかきちんと監視しなければいけないわっ」と付いていけば、キュルケも本を読み続けるタバサの手を引いて付いていくし、モンモランシーもこっそりとその後ろを付いてきた。 普段あまり人気のない広場に集まる四人の貴族と一人の使い魔。 「で、何するのよ。また決闘?」 胡散臭げにねめつけるルイズに、ギーシュが応える。 「バカな事を言ってはいけないよミス・ヴァリエール。今日は親友のきっての頼みに、不肖『青銅』のギーシュが……」 自分の世界にはまり込んで造花の薔薇を口に咥えたまま話し出すギーシュはさておいて、代わりにジョセフがルイズに答える。 「あれじゃよ、この学院の生徒はメイジじゃとは言ってもな。メイジじゃないわしはそれ以外の手段も用意しときたいんじゃよ。で、ギーシュの協力を仰いだッつーワケじゃ」 「前置きが長いのよギーシュは」 「顔はいいんだからそのバカさ加減をもうちょっとセーブしなさいよね」 「興味ない」 「いつも私が色々言ってるのにどうして直そうとしないの?」 「…………」 女性四人からの集中砲火を受けて冷や汗がたらり流れるギーシュだが、すぐさま気を取り直して口に咥えてた薔薇を指先に挟んで高く掲げた。 「ま、まあそれはさておいて。とりあえず練習はしてたから、後は現物さえあればそれで修正をかけていくよ」 「オッケーじゃ。んじゃちょいと待っとれよ」 と、広場の隅においていたボウガンと弦を持ってくる。 「んじゃこのボウガンを参考にしてじゃな。で、ここはこうなって……」 「うんうん。ここの部分はこうなってるのか……意外と単純だね?」 精悍な老人と金髪の美少年が顔を寄せ合って何やら相談する光景。 「どうしたのモンモランシー。よだれ出てるわよ?」 「あ、え? あ、ああごめんなさい」 そこから後は何やら男同士でしか判らない様々な相談が始まり、レディ四人を見事に置いてけぼりにしてしまう。 ジョセフとギーシュが一通り相談を終えて固く握手を交わした時には、既に四人の姿は広場から失せてしまっていた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1550.html
二回目の決闘騒ぎを無事に潜り抜けたジョセフだが、今も現在進行形で危険が迫っているのを忘れてはいない。 アルビオンの貴族派が自分達の任務を把握しており、その妨害の為に動いている事。ラ・ロシェールの傭兵達が自分達を襲ってきた事。ワルドは任務以外に何らかの目的がある事。 十中八九、ワルドは裏切り者か内通者のどちらかであろうという事。 しかも旅の仲間全員にその事実を教える訳には行かないというのが、またも心労の種でもある。 ルイズに教えれば、隠し事や曲がった事が嫌いな彼女のことだ。真正面からワルド本人に問い質しに行くだろう。ギーシュは口が軽い、下手に教えればいつ漏らすか判ったものではない。 だがこの一行が命の危険に晒されているというのは変えようのない事実である。護衛対象に護衛されている事実を伏せたままの護衛という難易度の高い任務を前に、ジョセフは一つの答えを出した。 決闘以後どこかに行ってしまったワルド抜きでの食事を終えたジョセフは、部屋に戻るとルイズにやおら切り出した。 「なあルイズ。どうせ今日一日時間があるんじゃし、ちょっと字ィ教えてほしいんじゃよ」 「字? アンタ、普通に会話出来てるじゃない」 「いやぁ、話す分にゃ問題はないんじゃが読み書きが出来んのじゃ。これから先、字が読めたりせんと不都合もあるだろうしな」 「うーん、そうねぇ……」 その言葉にルイズは少し考える。ジョセフの言う事は尤もだし、教えることも吝かではない。だがやはりワルドの事が気にならないと言えば嘘になる。すぐにうんとは頷けない。 だがそんな反応はジョセフには予想内の反応である。 「ああ忙しかったらいいんじゃ、キュルケかタバサに教え――」 「いいわッ! 教えてあげるッ! 平民が貴族に教えを請えるだなんて滅多にないことなんだから心して拝聴するのよッ!」 二人の名を出した瞬間に態度を豹変させる主人の反応に、ジョセフはニカリと笑った。 (まあ何と言うか判りやすいと言うか単純と言うか) と言う訳で二人はラ・ロシェールの書店に出向き、ジョセフが傭兵達から巻き上げた金で何冊かの初歩的な文法などが乗っているトリステイン語の教本と紙束を買って来ると、改めて部屋でルイズの授業が始まった。 だがここで問題が少し発生した。 ルイズはどちらかと言えば厳しく教えるタイプで、ジョセフは努力とか頑張るとか言う言葉が一番嫌いなじじいだったのだ。 始まって一時間もしないうちにルイズの怒声が何度か響き渡ったが、それでもジョセフは少しずつだが着実に字を学んでいった。ひとまずトリステインで使われている字を書けるようになり、発音もおおよそ出来る頃になった時には既に日は傾いていた。 中庭では見事主人に追いついたヴェルダンデがギーシュに熱い抱擁を受けるのもそこそこにどばどばミミズをたっぷり食べてるのを見下ろしながら、二人は夕食前のティータイムを楽しんでいた。 「けっこう覚えが早かったわね、この分ならすぐに簡単な本程度なら読めるようになるわ」 「元の世界で使ってた言葉となーんとなく似てるからな。英語とフランス語くらいしか違わんかったような感じじゃよ」 湯気の香る紅茶を飲みつつ、ジョセフは微かな違和感を感じていた。まるでコーラの炭酸がいつもより抜けているような、そんな些細な違和感。 だが些細過ぎた為、(ま、気のせいだろなあ)で終わってしまったのだが。 「さ、夕食までまだ時間があるわ! せっかくだからこの童話の本くらいは読めるくらいにならないと!」 と、物を教える喜びに目覚めたらしいルイズは意気揚々と本を広げ、ジョセフに渡す。 「うはァ、もう今日のところはこのくらいで勘弁してくれんかのォー」 「ダメよダメ! こういうのは一気にやっちゃった方がいいんだからッ!」 教え方の違いはあれど、かつてエリナお祖母ちゃんに厳しく歴史と国語の授業を教えられてる時の気分を久しぶりに味わいながら、ジョセフは諦めて音読を始めた。 めでたく本を一冊読み終えた直後にキュルケが明日の出発の前祝いだと宴会に誘いに来たが、すぐにも駆け出そうとしたジョセフの襟首を掴んだルイズが一方的に断ってしまった。 「ダメよダメ! まだ任務中なのに酒盛りなんてもっての他だわ!」 言われてみれば非常にもっともな意見である。王女殿下から直々に受けた任務中に騒いでいられるか、という言葉の何処に反論出来るだろうか。 「えー……、ご主人様、今日一日頑張ったんじゃしちょびっとだけでも……」 と、ジョセフが恐る恐る機嫌を伺ってみたりするが。 「ダメったらダメっ!」 ルイズの有無を言わせない断言に、諦めざるを得なかった。 「じゃあしょうがないわね。来たくなったらいつでも来なさいよ?」 キュルケもルイズとの付き合いは長いので、ルイズがこう言った時には妥協点がないということもよく知っている。ここで押し問答をしていたら宴会に参加できる時間が少なくなると判断したキュルケはあっさりと引き下がった。 「ああ……ちょっとくらい飲みたかった……」 がっくりと肩を落とすジョセフに、さすがにルイズもちくりと罪悪感を持った。 「……しょうがないわね、じゃあ部屋にボトルと料理を持ってこさせるから。それ以上はダメよ」 今までの落胆から一気に機嫌を上昇させたジョセフにやれやれと苦笑を浮かべながら、ハンドベルを鳴らして呼び出した使用人に用件を言いつけた。 「ああ、朝からずーっと勉強漬けじゃったからなァ~~~~。こりゃ料理もワインもうまいじゃろうな」 大きく伸びをして、凝り固まった気分を解消していく。 「このくらいで弱音吐いてどうするのよ。私なんか毎日このくらい勉強してるのに」 「年取ると勉強するだけでも大変なんじゃよ」 互いに減らず口を叩きながら、ふと窓を見やったジョセフが目を擦った。 「……おや? 月が見えんぞ……かすみ目か?」 窓の外で煌々と光っているはずの月が、全く見えなかった。まるで何か巨大な物体が月を隠しているかのような状態だ。 「もう情けないわねジョジョ、いくら年寄りだからって……」 ジョセフの言葉につられて窓を見たルイズも、同じように目を擦った。 すると月明かりをバックに、巨大な影を形作っていた輪郭が動く。目を凝らして見ればそれは巨大なゴーレムだと判り、すぐさまゴーレムを操る主に行き当たった。 「フーケかッ!!」 巨体ゴーレムの肩に立った人物は、長い髪を風にたなびかせながら、自らの名を呼ぶ二人に笑みを見せた。 「感激だわ。覚えててくれたのね」 「盗人稼業の次は傭兵か。もうちょっとまともなシノギをするべきじゃな!」 ジョセフはデルフリンガーを構えながら、ニヤリと笑う。 フーケはその言葉に、ギリ、と歯噛みした。 「誰のせいでこうなったと思ってるんだいッ!」 「お前のせいじゃろが、『土くれ』のフーケよ。自分のミスを人のせいにするなら、所詮貴様は他人に左右される程度のマヌケな人生だったってこったッ!」 更に目を凝らしてよく見ると、フーケの隣に黒マントと白仮面の貴族が立っていた。傭兵達を雇ったのはこの貴族のことだろう。喋るのはフーケに任せているが、体付きからしておおよそ男のはず。相手の実力がわからない以上、闇雲に攻撃を仕掛けるのはリスクが高い。 ジョセフはすぐさま判断すると、怒り狂ったフーケがゴーレムの腕を振り上げさせたのを横目に、ルイズを抱き抱えてすぐさま部屋を飛び出した。 後ろでベランダを叩き壊したらしく轟音が響き渡ったが、それを見ることもせず一階へと駆け下りる。だが一階も既に戦場となつており、ジョセフは小さく舌打ちした。 キュルケ、タバサ、ギーシュ、夕食には戻ってきたらしいワルドが魔法で必死に応戦しているが、多勢に無勢の言葉そのままに苦戦しているようだ。宿の外に陣取っている傭兵の数と言ったら、ラ・ロシェール中の傭兵をかき集めてきたのが明白すぎる数だった。 床と一体化していたテーブルの脚を折って盾にしているものの、傭兵達はメイジとの戦いに慣れているようで、しっかりとキュルケ達の魔法の射程を見極めた上で射程外から弓を射掛けている。 しかも暗闇を背にしている傭兵達に地の利があり、屋内の迎撃部隊には分が悪い。 ジョセフはデルフリンガーを振り回して飛び来る矢を切り払いながら、素早くキュルケ達の陣取るテーブル裏へと飛び込んだ。 「おう。なかなか苦戦しとるようじゃな」 「見ての通りよ、大変だわ」 軽口を叩き合うジョセフとキュルケ。 他の貴族達は突然の襲撃に、カウンターの下に逃げ込んで震えているだけだ。 戦力になるとは期待していなかったが、予想通り過ぎるのもつまらない。 「やっぱり来るとは思ってたけれど、なかなか盛大な歓迎だわね」 キュルケの呟きに頷いたのは、ジョセフとタバサだけ。残りの三人はその言葉に息を呑んだ。 「そ……それはどういうことだいミス・ツェルプストー!」 ギーシュが血相変えて詰め寄るが、キュルケは事も無げに返事した。 「あのねぇ、崖の連中がただの物取りなはずないでしょ? ちょっと考えれば判るわ」 尋問した張本人は、言葉を返すことも出来ずがくりと肩を落とす。 「フーケがおるッつーことは、アルビオンの貴族がバックにいるんは決まりじゃな」 石のテーブルに矢が降る音を後ろに聞きながらも、ジョセフは普段の調子を崩さない。 「彼らは断続的に魔法を使わせ、精神力が無くなった所で突撃する戦術と予想。私達はどう対処すべきか考えなければならない」 タバサの言葉に、ギーシュは杖を持つ手を震わせながら言った。 「僕のゴーレムで防ぐよ」 「ムリじゃな。青銅じゃちぃと剣や矢を受けるには柔らか過ぎる」 ジョセフの言葉に、ギーシュはムキになって言い返した。 「やってみなくちゃ判らないじゃないか!」 「ギーシュよ、その言葉には二つの意味があるな。やってみなくては結果がどうなるか判らないのか、判りきった結果でもやってみなくちゃ判らないのか。今のお前の言葉は後者の方じゃぞ。ちったぁ頭冷やせッ」 有無を言わさずのゲンコツに、ギーシュは頭を抱えた。 「トリステインの貴族は口だけは勇ましいんだから。勇気と蛮勇の違いくらいいい加減辞書に載せてもらいたいものだわ」 溜息混じりに言ったキュルケの言葉に頷いたのは、タバサとジョセフだった。 「――いいか諸君」 ワルドが低い声で言い始めた言葉に、ひとまず耳を傾ける一行。 「このような任務は、半数が目的に辿り着けば成功と「却下」」 ワルドの言葉を、ジョセフが一刀両断に切って捨てた。 「わしが向こうの親玉なら、傭兵どもを見せ札にした上で逃げ道を作る。そして馬鹿面晒して逃げてきたのを、待ち伏せさせている本命の部隊でとどめを刺す。戦力分断の愚で大敗晒した連中なんぞ歴史ン中にゃ掃いて捨てるほどおるわいッ」 こんな時でも優雅に本を広げているタバサは、まだ本から目を離さずに頷いた。 「こういう時ゃ逆転の発想じゃ。ここで傭兵どもをブッちめて、全員で堂々と動く。見せ札の後ろにもう一枚抑えのカードを用意できるほど、アルビオンの貴族派連中はオツムが宜しくないようじゃからなッ!」 ギーシュとルイズはワルドの言葉とジョセフの言葉の間でまだ迷いを捨てきれなかったが、キュルケとタバサはジョセフの言葉にすぐさま賛同した。 「私はダーリンにベットするわ」 「私もジョセフの意見に賛成する。ここで私達の戦力を分断させればそれこそ向こうの思う壺」 半数の意見が『全員で迎撃』という意見に転がった直後、ジョセフは間髪入れずギーシュに言う。 「ここでヌーベルワルキューレじゃ! 目には目を、矢には矢を、じゃ!」 「だがジョジョ! 向こうは顔を出したところに矢をすぐ射掛けてくるんだよ!?」 「なぁに、こういう時にはこういう時なりの手段がある。とりあえず作ってくれ」 と、ギーシュから続いて女性陣三人に視線を移した。 「誰か鏡持ってないか? 手鏡でいいんじゃが」 「それなら私が持ってるわ」 と、肌身離さず持っている化粧道具の中から手鏡を取り出すキュルケ。 「うむ、それで十分じゃ」 満足げに頷いたジョセフの横で、ヌーベルワルキューレが錬金される。 「さあ作ったよジョジョ! なんならもう一体作ろうか!」 半ば自棄気味に怒鳴ったギーシュに、ジョセフはボウガンに弦を装着させて事も無げに頷いた。 「おう、もう一体頼む」 弦を装着させたボウガンに初弾を装填させると、再びキュルケを見た。 「手鏡でちょーっとだけあいつらを映してくれ」 その言葉でジョセフが何をしたいか察したキュルケは、いかにも愉快げな笑みを浮かべて手鏡を軽くテーブルから上げた。 傭兵達の矢がなおも飛び来るが、テーブルからほんの僅かだけ覗いた手鏡を矢で射抜けるほどの名射手は傭兵達にはいなかった。 テーブルから身を覗かせるヌーベルワルキューレには矢が集中するが、上半身に矢が突き刺さった程度ではワルキューレの動きが阻害されることも無い。 トリガーを握ったジョセフは小さな手鏡に映った傭兵達を横目で見ながら、最初の一発――この戦況を変える切っ掛けの弾丸を、撃った。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/721.html
予定の時間より少々時間をかけて、二人は城下町に辿り着いていた。 「ここが『ブルドンネ街』。トリステインで一番大きな通りよ」 「ふむ。なかなか活気があるのう」 地図を片手に歩くルイズと、その後ろをついて歩くジョセフ。 「……何回目じゃろか、このやり取り」 「うっさいわね!」 二人は豪快に道に迷っていた。 「大体武器屋なんて行った事ないんだもの! あっれおかしいなあ、この通りからこの裏通りに行けばあるはずじゃないの!?」 地図と周囲の風景を見合わせたり、地図を傾けたり回したりして髪をわしゃわしゃと掻くルイズ。 その様子を見ているジョセフは、ふむ、と顎を撫ぜて決断を下す。 結局この前見せられなかった、「お見せしたいもの」を見せるチャンスだ。 ハーミットパープルを見せようとした試みは、ルイズが癇癪起こして失敗した。 どうしてそれで三ヶ月食事を抜かれたのか、どうにも納得いかないが。 「ええとじゃなルイズ、わしにいい方法がある。ちょっとこっちの空き地に来てくれんか」 怪訝そうな顔をするものの、ルイズは素直についてきた。 空き地は適当に砂地。ハーミットパープルを使うには申し分の無い立地だ。 「で、いい方法って何よ?」 腕を組んで使い魔を見上げるルイズに、ジョセフはニヤニヤ笑って手を差し出した。 「ちょいと地図を貸してくれ。武器屋までの行き方を調べる」 少々不審げな顔で見ているが、物は試しとばかりに地図を渡す。 「まず、ルイズに見せておきたいものを見せる。見えるかどうかは判らんが……ハーミットパープルッッ!」 ジョセフが叫んだ瞬間、右手から三本の紫の茨が勢い良く出現した。 「きゃっ!? な、何よそれ!」 思わず身構えたルイズに、ジョセフは「ほう見えるんじゃのう」と感心した。 「さっきも言ったが、これがわしに発現した『スタンド』、ハーミットパープル。 言わばわしの魂の形を具現化したものと言ってもいい」 「は……魂? 具現化……?」 予想外のものを見たルイズは、理解が全く追いついていないようだが、興味はあるのか指先で茨をつついたりしている。 「触れるわよこれ」 「わしのいた世界ではコイツはスタンド能力がある人間にしか見えんかった。 こいつぁわしの仮説じゃが、ルイズが見えとるということはメイジにはコイツが見えると考えてもいいじゃろうな」 後でシエスタに何気なく見せて確認しようと考えるジョセフに、ルイズは茨を摘んでまじまじと観察しながら聞いた。 「で……ハーミットパープルだっけ? これで何が出来るの?」 「おおそうそう。スタンドっつーのは魂の具現化したモンじゃから、人それぞれ違う形のスタンドになるし、同じスタンドはないと言ってもいい。 で、それぞれのスタンドには固有の能力がある。 わしのスタンド、ハーミットパープルの能力は念写に念視! こっちの世界じゃちぃと能力が制限されるがッ……『この街の地図』『この街の砂』そして『わしらの持っている金貨』があれば!」 ジョセフは懐から金貨の入った袋を取り出し、一枚の金貨を地図の上に置く。 「ハーミットパープルッッッ!! 武器屋までの道筋を写し出せッ!!」 ジョセフの叫びに応えた茨達は、地図の上を素早く走り回る。 金貨が地図の上に置かれ、砂が地図に描かれた道に振り撒かれていく。 最後に一つの小石がある区画に置かれると、茨達は巣穴に戻る蛇のようにジョセフの手へ戻った。 「よっしゃ、成功じゃ。この金貨があるところが今わしがいるところ。 で、この砂の道を通っていって、小石のあるところに行けば武器屋に辿り着くって寸法じゃ!」 「本当にー?」 まだ疑わしげな目で地図とジョセフをねめつけるルイズ。 「ま、百聞は一見にしかずってヤツじゃ。とりあえず行ってみてからのお楽しみじゃよ」 金貨は袋に戻すが、地図に砂と石を乗せたまま、今度はジョセフが地図を持ってルイズを先導していく。 果たしてルイズ主従御一行は、今度は迷わずに武器屋の前に辿り着いていた。 「へぇ……随分と便利な能力なのね」 素直に感心するルイズに、ジョセフは軽く苦笑いしながら言った。 「本当は他にも色々出来るんじゃがな、こっちの世界には機械がないからけっこう使いどころが限られるんじゃな。 ちゃんとした機械があれば、誰かが考えてることを読んだり、遠いところにおる誰かの姿を映し出したり出来るんじゃ」 むぅ、と唇を尖らせたルイズは、何となくムカついてジョセフの脇腹をチョップで突く。 「おふっ。何するんじゃよルイズ!」 「別にー。なーんか年取ってるからって色々出来るのがなんかムカついただけだもの」 「このスタンドは、いきなり授かったモンじゃからなあ。そう言われても困るわい」 苦笑しながらジョセフは武器屋の扉を開けて中へと入る。 「へいらっしゃい。……お貴族様ですかい。うちは上に目を付けられるような商売してませんぜ」 ルイズの姿を見たと同時に嫌そうな顔を隠しもしない主人に、ルイズは憤然とした顔で返事をする。 「客よ。今日はコレに持たせる武器を買いに来たの」 「ああ、お客様でしたかい! それならそうと早く言って貰わないと!」 すぐさま表情と口調を変えて揉み手する身代わりの速さに、ルイズは眉間の皺を更に強く刻み、ジョセフは軽く苦笑いをして見せた。 「で、どのような武器が御入用で! ちょうどそこの従者さんにピッタリのいい武器が入荷したところでさあ!」 と、早速裏に引っ込んで一振りの剣を持ってくる。 どこぞの何たらが鍛えた業物でなんたらかんたら、と口上を述べてくるが、ジョセフは一目見ただけで「いらんのう」と考えていた。 そもそも主人の顔には「よーしパパ貴族からボリまくるぞー」という表情がバッチリ滲み出ている。例えいい武器でも買う気が失せる。 ジョセフは様々な武器で戦うことも多かったが、そもそも使った武器がコーラやテキーラやクラッカーだったり、その場にあるものを駆使して戦うスタイルだった。 強いて言えばロープやワイヤーなんかがあればいいのう、とか思いはしたが、見回した限りではジョセフのお気に召すような代物は存在しなかった。 武器を使うにせよ、波紋を流す為には油を塗らなければならない。 となると、あまりデリケートな武器だとすぐに錆びて使い物にならなくなる。 となると、ハンマーやらの判り易くて手入れのし易い武器が便利だが、あまり重くても不便だ。 ボウガンも考えたが、そもそも爆破攻撃の出来るルイズがいるのに遠距離攻撃してどうするのか。 (困ったのう。かと言って「いりません」で終わったらせっかくのルイズの気持ちが無駄になるし) 主人の口上を半ば無視して、もう一度店内をぐるりと見回した時。ふと、声が聞こえた。 「うぉーいそこの爺さんや! ナマクラばっか薦められて困ってますって顔してんじゃねえか! なんなら俺っちを買いなよ、損はさせないぜ!」 「うるせえデル公! お貴族様に失礼な口叩いてんじゃねえぞ!?」 猫なで声の口上から一変、声の主に怒鳴りつける主人。 もはやルイズも不機嫌に主人の言葉を聞き流している状態だったので、ふと彼女も主人から視線を離して店内を見回した。 しかし店内には、ルイズ、ジョセフ、店主の三人しかいない。 「おいおいここだぜここだぜ! へーい爺さん、このデルフリンガー様はこの店で売ってるようなナマクラとは大違いだぜ! ここはどーんと買っちまいな!」 (こいつぁ面白そうじゃな)と興味を引かれたジョセフは、主人がまた怒鳴りつけようとするのに背を向けて、声の出た場所へと歩いていった。 そこには土産屋の店先で傘立てにまとめて差し込まれている木刀のような風情で、細長の籠にまとめて入れられている剣達の中から聞こえてきた。 「オッケエエエエ爺さん! ここだここだ!」 籠の中で一振りだけ、自分の身をぶん回してけたたましく自己主張している剣を見た。 ジョセフは手を伸ばすと、その剣を手に取り、鞘から抜いて刀身を見てみる。 見ればこの店の中で一番みすぼらしく、剣には錆がびっしりと浮いている。 「ほう、剣が喋っとるわい」 承太郎やポルナレフからアヌビス神の騒動は聞いていたが、(こういうところで主人に怒鳴りつけられるような剣が危なくはないじゃろ)という判断で、ジョセフはあっさりとその剣……デルフリンガーを手に取った。 その瞬間、左手の手袋の中で、ルーンが眩く光った、が……ジョセフはそれに気付かない。 しかし彼……デルフリンガーを持った瞬間、ジョセフの頭の中に様々な情報が入り込む。 「おでれーた! 爺さん使い手かよ!? こいつぁすげえ、長生きってーモンはしてみるモンだぜ。 こりゃあ俺っちを買わなかったら人生の150%は損しちまうぜェ!?」 傍目から見れば、デルフリンガーは何やら一人(一振り?)で随分と盛り上がっている。 「うるっさいインテリジェンスソードねぇ。こんなの買ったらうるさくてしょうがないわ。 もっといいもの買ってあげるから別のにしなさいよ」 わいやわいやと喚く剣を一瞥し、ルイズは面倒くさそうに言う。 だがジョセフは、うむ、と頷いた。 「ではこいつにするかい。主人! こいつは幾らかの?」 「ちょっと! やめなさいよジョセフ! 私の言う事が聞けないの!?」 デルフリンガーとルイズ、二人がわいやわいやと騒ぐのに内心嫌気が差しながらも、商売人として最低限の愛想笑いは崩さない。 「あー……本当はその大きさの剣なら新金貨でも200枚ってーところなんですがね。厄介払いも込みで100で結構でさ。 あんまりうるさいようなら、鞘に収めたら喋れませんから」 (ま、高いのを売りつけちまえなかったのは残念だがデル公がいなくなるならちょうどいい) と、デカい老人と小娘貴族を見ながらほくそ笑む主人。 ルイズはそれでもなお不満げにジョセフに怒鳴っていたが、彼が何やら彼女に耳打ちすると、ちょっとまだ不審げながらも金貨の袋から金貨を取り出してカウンターに並べていく。 そして新金貨百枚を渡して売買が成立すると、ジョセフはにまりと笑みを浮かべた。 「ああ、主人。さっきの……ええとなんじゃったかな。ゲルマニアの錬金術師シュペー卿が鍛えし業物か。それを見せて欲しいんじゃが」 (やったッ!)と主人の内心に笑みが広がる。 見た目こそは綺麗だが、あれはちょっと使えばすぐに折れてしまうようなナマクラだ。 どうせほんの少ししたら怒鳴り込んでくるだろうが、「使い方が悪かった」でトボけ通せばいいだけのこと。 実にボロい商売だ。これだから貴族相手はやめられない。 今夜はとびっきりのワインとうまいツマミで祝杯を挙げようと期待しながら、再び奥から言われた剣を持ってきた。 「ほうこれこれ。ああ、さっき見せてもらった剣達もついでに見せてもらえるかの」 主人は喜び勇んでカウンターに剣を並べていく。 「ほーほー、これはこれは。……で、主人。この業物は幾らじゃったかな」 「エキュー金貨で2000。新金貨なら3000ってところでさ(本当はエキューで1000、新金貨でも1500ってところだがなジジイ!)」 「本当はエキューで1000、新金貨でも2000ってところだがなジジイ!」 突然聞こえた声に、店主はびくりと肩を震わせた。 老人でもデルフリンガーでも当然小娘でもない、四人目の誰かの声が聞こえたのだ。 それも、自分の考えたことを全て言い当てた言葉が! だが老人はただ飄々とニヤニヤしているだけだし、小娘は腕を組んだまま冷たい視線で自分を見ているだけだ。 (だとすればデル公の仕業か! つまんねえ悪戯しやがって!)と怒鳴ろうとした瞬間。 「だとすればデル公の仕業か! つまんねえ悪戯しやがって!」 と、またも自分の考えてた言葉を全て一字一句間違えない言葉が吐かれた! 「次にお前は『なんだ、一体誰が俺の言う事を言ってるんだ』と言う」 「な、なんだ、一体誰が俺の言う事を言ってるんだ……ハッ!?」 目の前の老人が、してやったりという顔で自分を指差しているのを目撃し……主人は、自分の心臓が氷の手で捕まれた様な錯覚を抱いた。 「そうそう。言い忘れてたが、わしゃ人の考えてる事が判るんじゃよ。で、こいつは幾らかの」 主人は恐怖しながらも、(嘘だ! そんな事があるわけがない!)と、懸命に心で否定しようとしたが、すぐさま「嘘だ! そんな事があるわけがない!」と叫ぶ男の声が聞こえ。 力の抜けた膝が床に崩れ落ちた。 主人にとっては謎の男の声だが、ルイズやジョセフ達にはその声がどのようなものかは判っていた。 それはデルフリンガーから発せられた声。 正確に言えばジョセフの手から伸びたハーミットパープルが主人に絡み付き、他の茨が巻き付いたデルフリンガーから発せられた、『主人の心の声』だった。 つまり主人の声がそのまま発せられているということだ。 だが自分の発する声は、頭蓋骨で反響するために「自分が思う自分の声」と「周囲が聞く自分の声」はかなり異なったもので聞こえる。 自分の声を客観的に聞いた経験もない主人にとっては、聞いた事のない声と認識するのは当然のことだった。 だから店内では、主人が勝手に一人でつまらない事を言って自滅しているという滑稽な状況が展開されていた。 「へえ、平民が貴族を騙してたということなのね。これは無礼討ちという事で今買ったばかりの剣で斬り殺してあげるべきかしら」 うふふ、と楽しそうな笑顔でジョセフの横に歩いてくるルイズ。 「全くですのう。わしのご主人様にこれだけのウソを吐いてたという事は今すぐ不敬罪でその首落とす以外にないのではないでしょうかのう」 うふふ、と楽しそうな笑顔で主人を見下ろすジョセフ。 主人は必死の覚悟で地面に這い蹲り、額を何度も床に打ち付けて許しを請う。 「御、御慈悲をっ……! 愚かな平民めに、是非とも寛大な御慈悲を……っ!!」 「そうねえ。どうしてあげようかしら。デルフリンガー……だっけ? この平民にアナタはどれだけバカにされてたのかしら。 あまりいい扱いはされてなかったようだけれど」 「いやー、コイツは俺っちに向かってそりゃ毎日好き勝手に言ってくれてましたからねぇ。 俺っちの切れ味確認ってコトで試し斬りしちまっても文句はありませんぜ」 如何にも楽しそうなルイズの問いに、楽しそうに鞘口をカタカタ鳴らすデルフリンガー。 もはや死を覚悟して、それでもなお僅かな希望に望みを託して額を床に摺り続ける主人。 吹っかけられたお返しを十分にしたのを確認すると、ジョセフはルイズに目配せをする。ルイズはニヤリと笑って頷いた。 「よきに計らえ」というやつである。 「じゃがわしらも無意味な殺生はしたくないのでのう。 これから心を入れ替えて真面目に商売するというなら、許してやるのも吝かではないぞ」 その言葉に、弾かれたように顔を上げる主人。 死にたくないという涙と、命が助かった、という喜びに塗れた顔はあまり見てて気持ちのいいものではなかった。 「あ、有難う御座います、寛大なお心に、深く感謝いたしますっ……!」 「まあしかしじゃ。これだけの大罪でただで命を救っては、わしらの気持ちも収まらん。 ここはそうじゃな、これから心を入れ替えるという証を見せてもらわねばならん。わしが欲しいモノを用立ててもらうことにしようかの」 とびっきりのワインとうまいツマミで祝杯、というささやかな贅沢は遠のいたが、今すぐ人生が終わる最悪の事態を避けられた主人が、一も二もなくその申し出に跳びついたのは言うまでもない。 ただしジョセフの無理難題に、ルイズが許した出費は新金貨一枚。しばらくの間、晩酌を諦めることを余儀なくされた主人であった。 さて。 「な……何よ、あのイバラ……。ダーリンって一体、何者なの……?」 ルイズがジョセフを連れて城下町に行こうとするのを目撃したキュルケが、親友であるタバサに頼み込んでシルフィードに乗って街までやってきていたのを、ルイズ主従は気付いていなかった。 そして道に迷った挙句、ハーミットパープルとか言う紫の茨で何かしてから武器屋に入ってからの一部始終を、キュルケとタバサの二人に目撃されていたことも。 「……何者かは判らないけれど、彼が私達に話す気になるまで知らない振りをしておくのが得策」 図書館の彼女、青髪のタバサが、動揺を隠そうともしないキュルケを横目で見る。 「彼がやっとルイズに話した事を根掘り葉掘り聞くのは愚策」 ヴェストリ広場決闘事件で、ほんの僅かだけジョセフが用いた紫の茨。 それを知覚できたのは、タバサ一人だけだった。故に彼女は、ジョセフを称して「アメジスト」と呼んだのだが、その言葉の意味を理解しているのは彼女一人だけである。 しばらくして意気揚々と奥から出てきたルイズとジョセフの姿を見つけた二人は、すぐさま建物の陰に隠れて二人の尾行を再開する。 その後、一組の主従は服屋で服を買ってから帰途に着く。 その日から、ルイズは赤い洗面器という単語だけで爆笑できる会の一員となった。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1868.html
天守の一角、ウェールズの居室。その窓の外にワルドは立っていた。玉砕戦の前夜と言う事もあり、平素ならいるような警備のメイジもいない。明日に備えて休養を取っているようだが、甘い考えだと嘲笑する。 そのような考えだからアルビオン王国はレコン・キスタに敗北してしまったのだ。決戦前夜だからとて、暗殺者が入り込むかもと言う考えに至らない時点で、程度が知れるというもの。 残酷で嗜虐的な笑みをもはや隠すこともせず、フライの魔法を解いて屋根に降りる。 下を見れば誰の姿も無い。あの使い魔はまんまと逃げおおせはしたが、王子の暗殺を止められはしない。 まずウェールズを暗殺した後、ルイズを殺し手紙を手に入れればいい。 ワルドは口の端を吊り上げ、呪文を詠唱する。 ウインドブレイクの魔法で容易く窓を吹き飛ばし、居室に素早く踏み込みながら次の呪文を既に完成させていた。 『エア・ニードル』。杖を中心として風を渦巻かせ、杖自体を鋭い刃と変化させる魔法である。 二つの月の光を背に浴び、ベッドで何も知らず寝ている王子目掛け、二つ名の『閃光』の名の通り稲妻の如き不可避の突きを繰り出し―― ワルドは、大量の金属球が混ざった爆風をその身で浴びることとなった。 ちょうど同じ時、ジョセフは天守を見上げ、窓から弾き飛ばされるワルドを悠々と見上げていた。 「やッチッたァーーッッッ!!」 静かな月夜をつんざく爆音と、年甲斐も無く歓声をあげる老人。 ジョセフはとっくの昔に手を打っていた。 ワルドのおおよその策略を看破したジョセフは、パーティから戻る途中のギーシュ達に頼み、ビー玉程度の大きさの金属球を1kgほど錬金してもらったのだ。 それから三人に、ウェールズへと伝言を頼む。 『アンリエッタ王女からもう一つ渡さなければならないものを預かっている、人目に付くと良くないのでこの時間に礼拝堂に来てもらえないか』と言う体裁で、ウェールズを密かに呼び出していたのだ。 正にこの時、ウェールズ皇太子は三人の少年少女と共に礼拝堂にいる頃である。約束の時間からはやや遅れ、王子を待ちぼうけさせている不敬の真っ最中ではあるが、命を救う行為であるため、お目こぼしを期待したいところである。 ウェールズが嘘の伝言で礼拝堂に向かった直後、無人の部屋に忍び込む人物がいた。言わずと知れたジョセフ・ジョースターである。 ジョセフは密かにベッドにトラップを仕掛けた。 まずベッドの上の毛布を一枚取り、これに厨房から失敬してきた油を塗り込んで波紋を流す。 続いて先ほど錬金してもらった金属球、これにも油を満遍なく混ぜこぜ、こちらには反発する波紋をたっぷり流す。 波紋を流した金属球をしっかり波紋毛布で包み込むことにより、言わば電子レンジで加熱したゆで卵のような代物が出来上がる。こちらは破裂すれば卵の代わりに金属球がはじけ飛ぶ物騒な爆弾であるが。 これに多少強い衝撃を与えれば、ボンと爆発し――今しがたワルドが吹き飛ばされたような惨状を引き起こすこととなる。 続いて掛け布団で波紋ゆで卵を包み、人が寝ているように形を整える。月明かりだけではそうはバレない珠玉の造詣は、ジョセフ会心の出来だった。 最後に窓を閉めて何食わぬ顔で部屋に戻ると、ルイズにハーミットパープルで波紋をちょっと流して起こし、ワルドに結婚を断らせに行く事で裏切り者の本性を暴き出す。自分達はまんまと逃げおおせることで残った一つの目的、ウェールズの暗殺に向かわせたのである。 (王は暗殺してもしなくても大勢に関係が無いというのは、パーティのスピーチからして明白である。となるとワルドがターゲットにするのはウェールズ一人、という解答に辿り着くのは簡単なことだった) 果たしてワルドは見事ジョセフの術中に落ち、金属球の洗礼を浴びることとなった。 天守から叩き落されながらも、さすがは魔法衛士隊隊長と言うべきか、空中でフライの魔法を辛うじて唱え、地面に叩きつけられる事態にまでは至らなかった。 だがしかし、静かな夜に轟いた爆音である。 精鋭とも呼べるニューカッスル三百の貴族達がおっとり刀(この場合はおっとり杖と称するべきか)で駆け付けて来るのは想像に難くない。 ワルドは怒りのみで象られた視線でジョセフを見下し、睨み付けた。 「……やったな、やってくれたな、ガンダールヴ!!」 「てめェのやっすい陰謀なぞとうの昔にお見通しじゃわい、我が友イギーの技を参考にした、名付けて『愚者に対する波紋疾走(フールトゥオーバードライブ)』の味はいかがだったかなッ。随分と堪能してくれたようじゃないか、ワ・ル・ド・し・し・ゃ・く・ど・の?」 クックック、と人を大馬鹿にした笑いでワルドを見上げる。 自慢の羽帽子もマントも言うに及ばず、ワルド本人も金属球の嵐に巻き込まれかなりの手傷を負っている。 火薬での爆発には及ばないものの、波紋の爆発で放たれた金属球は人一人に対して十分過ぎるほどの殺傷力を持っている。 ジョセフとしては、金属球のトラップで仕留める腹積もりであった。 だが悪運強く生き残られた場合の手段も、既に用意してきている。 ジョセフは、マヌケな獲物をからかう笑みを崩さぬまま言葉を続ける。 「さァて、と。もーそろそろこの騒ぎを聞きつけたメイジ達がアワ食って押しかけてくる時間じゃな。まさかグリフォン隊元隊長でスクウェアメイジのワルド子爵が、たかが使い魔にコテンパンにのされて尻尾巻いて逃げ帰るとか、そォんなミジメ~ェな結果で帰れるんかなァ!?」 ジョセフにとって、ここでワルドと対峙したままメイジ達に駆け付けられるのが尤も避けたい事態だった。 ここでワルドが「この平民が王子の部屋を爆破した」とたった一言言えば、一斉にメイジ達の杖がジョセフに向くことは火を見るより明らかである。貴族と平民の言を貴族がどう判断するか、ジョセフでなくとも想像するのは簡単である。 だからこその、普段より毒を増した舌鋒であった。 平素のワルドならばこのような安い挑発に乗りはしなかっただろう。 だが、散々忌まわしい平民に自分の策略を打ち破られた今、挑発に乗らずにはいられなかった。 「――いいだろう、ガンダールヴ!!」 ジョセフは、く、と口の端を吊り上げた。 ワルドは地面に降り立ち、フライの魔法を解いた。 これまでの様に余裕めかした表情など、ワルドには存在しない。 ジョセフもまた、同じだった。 相対した互いの表情を占めるのは、種類は違うものの、純粋な怒りのみ。 腰に下げていたデルフリンガーを抜刀すれば、右手に錆び付いた大剣、左手に毛布と言ういささか珍妙な様相で構えるジョセフ。 デルフリンガーはおおよそ無駄だとは判り切っていたものの、とりあえず金具を鳴らして喋った。 「なーあ、そこのボウズよ。今なら、多分まーだ間に合うんじゃねーかなぁ。ここで謝って土下座の一つでもすりゃー、許してもらえるかもしんねーぜー?」 たかがインテリジェンスソードごときの戯言を聞き入れる必要など、ワルドには存在しない。せめてもの忠告を文字通り黙殺されたデルフは、あーあ、と溜息をついた。 (知ーらね。相棒は自分の右腕が焦がされたことより、貴族の娘っ子が侮辱されたことに怒るタイプなんだよなぁ) 他人事めいたモノローグはさて置いて、デルフはジョセフからひしひしと伝わり過ぎる心の震えに、ふと思い出した。 「おー、そうだ。思い出したぜ相棒!」 「なんじゃデルフ、こんな時に」 声そのものは普段と変わらない。だが今もジョセフの心には凄まじい怒りが渦巻いていた。 「そー言や相棒はガンダールヴだったよなぁ」 軽口を叩きあう一人と一振りをよそに、ワルドは既に呪文を完成させていた。 「そうは言われてるが、どうしたッ?」 「いやぁ、俺は昔、お前に握られてたぜガンダールヴ。だーが忘れてた、六千年も昔のことだったからな!」 ジョセフが返事する前にワルドのウインドブレイクが襲い来るが、ジョセフは慌てるでもなく左手に構えた毛布を、闘牛に対するマタドールのような鮮やかな動きで振るった。 本物のマタドールなら向かってくる牛の角を避けるものだが、毛布を振るったガンダールヴは一歩たりとも動いていなかった。 波紋を流された毛布は、風のハンマーに対抗しうるだけの強度を手に入れており、ウインドブレイクは毛布の一撃に消し飛ばされていた。 「我が師にして我が母、エリザベス・ジョースターの技! 闘牛毛布(マタドールブランケット)ッ!!」 「ひゅー、さすがだな相棒! お前もうちょっと真面目に修行すりゃもっとすげえ戦士になれんだろーに!」 「わしゃ努力が一番嫌いな言葉でその次にガンバルって言葉が嫌いなんじゃよ!」 「いやそれにしたって懐かしいな、泣けるぜ! そうか、なんか前々から懐かしい気がしてたが、相棒がガンダールヴだったか!」 「そうか! 伊達にボロボロに錆びてる訳じゃあないなッ!」 ジョセフとデルフがなおも軽口のラリーを続けている間、ワルドは間髪入れず次の呪文の詠唱にかかっていた。 聞き覚えのある『ライトニング・クラウド』の魔法に、ジョセフは内心(アレかッ! さあどうやって避けるッ!)と灰色の脳細胞をフル活動させていた。 「嬉しいじゃねえか! お前ガンダールヴか、うん! そうかそうか、そうだったら話が違う、俺がこんな格好してる場合じゃあないな!」 叫びを上げた瞬間、デルフリンガーの刀身が輝き出す! 「次は俺の番だぁな! 構えな、相棒!」 ワルドの『ライトニング・クラウド』が完成した瞬間、ジョセフはデルフの声に反応し、無意識に剣を雷撃にかざしていた。 「無駄だ! 電撃を剣で避けられると思っているのか!」 だがワルドの叫びもむなしく、電撃はデルフリンガーの刀身に吸い込まれる! 全ての電撃がデルフリンガーを吸収してしまった時、ジョセフが握っている大剣は錆び付いた古めかしいものではなく、今正に磨ぎ上げられたばかりの様な眩い輝きを放っていた。 「ほうッ! デルフ、なかなかいいカッコじゃないかッ!」 「これが本当の俺の姿さ、相棒! てんで忘れてたが、伝説のガンダールヴにゃ伝説のデルフリンガー様がなくちゃしまらねぇ! 剣が使い魔を! 使い魔が剣を引き立てるッ! 『ハーモニー』っつーんですかあーっ『力の調和』っつーんですかあーっ、たとえるならサイモンとガーファンクルのデュエット! モンティパイソンの演じるスペイン宗教裁判! 武論尊の原作に対する原哲夫の『北斗の拳』! …つうーっ感じっ、だな!」 「お前よくそんな単語ばっか知っとるな」 「多分な、俺はハルケギニアで有名な組み合わせを言ってるはずなんだわ。相棒の脳みそが相棒のよく知ってる組み合わせに翻訳してるんじゃね?」 「なるほど」 「あれよ。さすがに長いこと生きてて飽き飽きしてたんで、ちょいくらテメエの身体変えたんだよ! 面白いこたーなーんもありゃしねーし、俺に近付く連中はつまらん連中ばっかりだったからな!」 「そこでわしがあの武器屋に寄ったッつーワケか!」 「運命ってのは引力めいたモンでな、まさか使い手に再び握られるとは思ってなかったぜ! こうなってくりゃー話が変わる、ちゃちな魔法は全部この俺が吸い込んでやる! この『ガンダールヴ』の左腕、デルフリンガー様がな!」 必殺の呪文を吸収した剣に、ワルドは思わず舌打ちを漏らした。 「やはりただの剣ではなかったか……だが攻撃魔法を破っただけでいい気になるな! 何故、風の魔法が最強と呼ばれるのか、その所以を見せてやろう!!」 ジョセフは片手で剣を構え飛び掛るが、ワルドは素早い身のこなしで剣戟をかわしながら呪文を唱えていく。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 呪文が完成すると、ワルドの身体が突然分身していく。 一、二、三、四体、本体と合わせて五体のワルドがジョセフを取り囲んだ。 「ほう、今更タネの割れた手品を御開帳とはな。もう少し新ネタを用意してもらいたかったモンじゃがな! 『流星の波紋疾走』を初見で避けた時点で、自分の正体バラしとるようなモンじゃないかッ!」 五体のワルドに取り囲まれながらも、ジョセフの顔には意外さも怒りも全く無い。筋書きも落ちも判っている舞台を自信満々に見せられる時と同じ、呆れた笑みが浮かんでいた。 「ふん、酒場では不意を突かれたが、たかが一体の遍在に貴様は苦戦しただろう? しかもただの分身ではない。風のユビキタス、遍在する風。風の吹くところ、何処と無く彷徨い現れ、その距離は意志の力に比例する!」 「ケッ! 笑わせるなワルドッ! このジョセフ・ジョースターに同じ手を二度も使うこと自体が凡策だという事を身を以って教えてやるッ!」 左手に靡く毛布を振りかぶり、左足を軸足として回転することで正面に立つワルド達に向かって先制の一撃を放つジョセフ。 「ぬかせっ!!」 五体のワルドがジョセフの剣と毛布を避け、踊りかかる。更にワルドは一斉に呪文を唱え、杖を青白く光らせる。先程ウェールズ暗殺に用いられるはずだった『エア・ニードル』である。 「杖自体が魔法の渦の中心だ。その剣で吸い込むことは出来ぬ!」 細かく振動する五本の杖を剣と毛布で受け、流す。しかし相手は五体。ジョセフは一人。 攻撃する間もなくひたすら防御に徹さざるを得ず、デルフはともかく毛布は度重なる風の渦の衝撃に耐え切れずに端から切り刻まれ、少しずつその大きさを減じていく。 毛布の切れ端は大きなものは地に落ち、小さなものはワルド達の巻き起こす風に吹かれて巻き上がっていた。 「平民にしてはやるではないか。さすがは伝説の使い魔といったところか! だがやはりただの錆び付いた骨董品であるようだな、風の遍在に手も足も出ないようではな!」 勝ち誇るワルドに、ジョセフは平然と言った。 「あー、ワルドよ。やっぱオマエ、戦い下手じゃわ」 そう呟いた瞬間、毛布を掴んでいた手の中に隠していたセッケン水の球を、ひょい、と宙に投げた瞬間、ジョセフのコントロールを離れた波紋はセッケン水の球を爆発させた。 しかし自分の至近距離で炸裂させるモノに殺傷力を持たせるわけには行かない。ただのかんしゃく玉程度の代物でしかなかったのだが。 「むっ!?」 突如炸裂したセッケン水の爆弾にワルド達が怯んだ瞬間、ジョセフは素早いフットワークで『ワルド達の輪の中央』に入り込んだ。 「目くらましごときでどうにかできると思ったのかガンダールヴ!」 数瞬の不意を突かれたとは言え、ワルド達にとって致命的な不利を生み出す訳ではなかったどころか、ジョセフは貴重な数瞬を死地に潜り込むに用いただけだった。 五人は一様に勝ちを確信した邪悪な笑みを浮かべ、一斉に切っ先をジョセフに向けて口走った。 「死ねい、ガンダールヴ!!」 最もジョセフに近いワルドが、ジョセフを必殺の間合いに捕らえたその時―― (わしだって自分のスタンドが戦闘向きじゃあないことは重々承知しておるッ! ハーミットパープルを放っても必ず相手を捕まえられるわけじゃあないッ……だから逆に考える。避けられないほど隙間無くハーミットパープルを放てばいいんだとな!) 「全開! ハーミットウェブ!!」 ジョセフの両腕から迸る無数のハーミットパープルが、今正にジョセフに躍りかかろうとした一体のワルドを滅多刺しにし、消し飛ばした! 「何!?」 驚きの声を上げる間もあらば、茨達はジョセフの周囲を縦横無尽に駆け巡り、ワルド達を捕らえ絡め取る! 「我が友、花京院典明の技ッ! 半径20m隠者の結界ッ!!」 ジョセフはただ無闇に防戦に回っていた訳ではなく、ましてや何の考えもなくワルド達の輪に入り込んだ訳ではない。隠者の結界を張るための準備を着々と整えていたのである。 ジョセフが用意した毛布、これはワルドの攻撃を防ぐ為のものではなく、『ワルドに切り刻ませる為』に用意していたッ! 大樹の踊り場で『流星の波紋疾走』を仮面の男が避けた時から、既にジョセフは『ワルドは何らかの手段を用いて分身している可能性』に辿り着いていた。 魔法衛士隊隊長が初見で回避すら出来なかった攻撃を避ける為には、あの攻撃を目撃するかもしくは知るかしていなければ避けることは出来ないはず。よってこの状況になれば、ワルドが分身を用いないはずはない、と考えるのは当然のことだった。 風のメイジであるワルドが風を攻撃に用いる場合、考えられる手段として女神の杵亭で見せたウインド・ブレイクに、分身が使ったライトニング・クラウドの他、カマイタチのような斬撃があるという予測に辿り着くのは簡単。 もしカマイタチがなくとも、ライトニングクラウドに焼かせればよい、という算段もあった。 しかしてジョセフの読みは完全に当たり、ワルドはジョセフの求めに応じて毛布を切り刻んだ。 激しい風の巻き起こる空間で毛布の切れ端は風に浮かんで飛び散る。 後は『毛布の切れ端』に対し、『手の中に残った毛布の残骸』を媒介としてスタンドパワーと波紋を全開にしてハーミットパープルの追跡を行うことにより、半径20mに波紋ハーミットパープルの結界を張ることに成功したのだ。 ワルドに直接放つより、空間全てにハーミットパープルを敷き詰めればよりワルド達を捕らえられる可能性は高まる。しかも平民に対する貴族の慢心、油断に加えて、一度も見せていないハーミットパープルを満を持して放つ! 結果。 一体のワルドが波紋で吹き飛ばされ、本体含めた四体のワルドはハーミットパープルに捕らえられて身動きの一つすら取れはしない。 「く……っ! 貴様、ガンダールヴ! やはり、先住魔法を使うというのか……!」 懸命に茨から脱出しようともがくワルド達だが、その度に微弱な波紋が走り抵抗を妨害していた。 「フン、先住魔法? 笑わせるな坊主ッ! これはスタンド……魂を具現化した力ッ! オマエのようにバカヅラ晒して得意満面に自分の手の内何もかもバラすドアホウにこのわしが負けるはずァなかろうがッ!」 ビシ、と指を突きつけたジョセフは、続いて鼠を嬲る猫のような笑みを見せた。 「さぁーて、どいつが本物か確かめんとなァー? 斬って捨てたら判るよなァ~~~~?」 ゆらり、と剣を振り上げ―― 「これで仕舞いじゃぞワルドッ!!」 「相棒! 右だっ!」 ワルドへ振り下ろされかけた切っ先が、右から放たれた炎の弾丸へ向きを変え、切り払う! 見ればニューカッスル城に詰めるメイジ達が駆けつけて来る姿。 (うッわ~~~ァ、もう来たのかッ、せめて後一太刀か二太刀くらい遅れんかッ!!) ジョセフの危惧していた事態が、極めて間の悪いタイミングで起こった。 天守から不穏な爆発が起こり、駆け付けて来れば怪しげな平民とメイジが対峙しているのだ。 一般的なメイジの思考としては、パーティでも多少紹介を受けたトリステイン魔法衛士隊の隊長に加勢するのは当然過ぎる話である。 ワルドもまた、この好機を指を咥えて見逃すような愚鈍ではない。 「こいつだっ! ウェールズ皇太子の暗殺を謀って居室を爆破したのはこいつだっ!」 ウェールズ皇太子暗殺未遂犯の言葉に、アルビオン王国生き残りのメイジ達の杖が、ジョセフに向けられた――! To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1652.html
それから数時間後。大人しく空賊に捕らえられたジョセフ達は、空賊船の船倉に閉じ込められていた。 ジョセフ達をここまで運んできた船、『マリー・ガラント号』の乗組員達は自分達のものだった船の曳航を手伝わされているようだ。 ジョセフはデルフリンガーを取り上げられ、メイジ達は杖を取り上げられた。後は鍵を掛けてしまえば何も出来ない、という認識はおおよそ間違ってはいない。 だがジョセフは特に何か行動を起こすでもなく、酒樽や穀物袋や火薬樽が雑然と置かれた船倉で静かに寝転がっていた。 「どうするんだジョジョ! 空賊なんかに捕われてしまったんだよ、どうにかしないと!」 空賊に発見されてからこの方、徹頭徹尾徹底抗戦を唱えているギーシュが、船倉の中で唯一この状況を打開できそうなジョセフに詰め寄った。 だがジョセフは起き上がる素振りさえ見せず、寝転がったままギーシュを見やった。 「ここで暴れてもどーもならんじゃろ。まだわし一人だけが捕まったんならどーとなりとでも出来るが、お前達まで人質になっとったら正直どうもできんぞ。幾ら何でも五人も守りながら戦うだなんて器用なマネはわしにはできん」 杖を取り上げられたメイジが五人雁首を揃えたところで、足手まといにしかならないのはここにいる全員が理解していることである。 更に言えばジョセフの傷は包帯の下で波紋を流しているとは言え、まだ治療中である。今の傷の具合では戦いに必要なだけの波紋を練るのもやや厳しい。 そうなればジョセフは傷を癒す時間を得る為、黙って寝転がっているという次第だ。 (ッつーか今回はハイジャックとはなァー。つくづくそーゆー星の下に生まれとるんじゃよなァわしは) ほとんど他人事のように心の中で呟いたジョセフは、他の面々の様子を伺ってみた。 一番落ち着きが無いのはギーシュだ。 船倉の中で何か使えるものはないかと探した結果、火薬樽を見つけて何やら奇跡の逆転劇の台本を書いているようだが、あんなものをこんな場所で使えばどうなるか、については考えが至っていないようだ。後で鉄拳制裁混じりの説教をすることにした。 ギーシュの次に落ち着きが無いランキングに入賞したのはルイズだった。 こちらは大人しく自分の横にぺったり座ってはいるが、視線が落ち着き無く彷徨い続けている。 それに加えて暇を見つけては傷は大丈夫か痛くは無いか、と心配そうに尋ねてくる事も忘れない。 その度に大丈夫だこんな可愛いご主人様に心配してもらえて光栄だ、と笑って答えればルイズは顔を赤らめながら「そ、それならいいのよ」と顔を背けてしばらく黙る。 あんまり同じ受け答えだと向こうもそれに気付くので、頭を撫でたりちょっと腕を上げて力こぶを作って見せたりのバリエーションをつけることも忘れない。 第三位に入るのはワルド。ギーシュと同じく船倉の荷物を興味深く検分してはいるがギーシュとは違い、脱出目的のために見ている訳ではないようだ。 空賊の荷物はどんなものか、を見ている程度のものだろう。 第三位と甲乙つけがたいが、第四位はキュルケだった。彼女は生来の肝の太さを遺憾なく発揮し、看守の男を色仕掛けで虜にしようとしていた。 だが意外と看守の男は身持ちが固いらしく、キュルケの悩殺を楽しみはするもののそれに乗る様子はない。 そしてぶっちぎりの第五位は言わずと知れたタバサである。 空賊に発見される前から今に至るまで、取った行動と言えば『読書』一択。 ページを捲らずに読んでいるフリをしているとか、本が逆さまだということなど断じて無く、普通に本を読み続けている。 (それにしてもあのお嬢ちゃんはただモンじゃねェよなァ) ジョセフは内心で感心しつつ、包帯の上から腕を撫でて傷の具合を確認する。 まだ痛みはするが、死ぬほど痛いというわけではない。もう少し時間を掛ければ完治もするだろう。また呼吸を整え、波紋を練り込んでいると扉が開いた。 太った男がスープの入った大きな鍋と水差しの乗ったトレイを持ってやってきたのだ。 「メシだ」 扉の近くにいたジョセフが受け取ろうとするのを、男はトレイを持ち上げて阻止した。 「おっと、質問に答えてからだ」 その言葉にルイズが立ち上がった。 「言って御覧なさい」 「お前達、アルビオンに何の用だ?」 「旅行よ」 ルイズは腰に手を当てて、毅然と言い放った。 「トリステイン貴族が今時のアルビオンに旅行だって? 一体何を見物するつもりだい」 「さあね。考えてみたら?」 「随分と強気だな。トリステインの貴族は口ばかり達者なこった」 空賊の男は苦笑いすると、トレイをジョセフに渡す。それを船倉の中央に置くと、腹をすかせた全員がわらわらと寄ってきた。 「なんだいこれは、こんな粗末なものを食わせようと言うのか!」 具も殆ど浮いていないスープを前に、憤懣やるかたない様子のギーシュだが他の面々は黙ってスプーンを手に取っていた。 「文句があろうがなかろうが食っとけ。腹が減ってヘバっとったらマヌケもいいとこじゃ」 そう言ってジョセフが最初にスープを飲み、口の中で転がしてから飲み込んだ。 「お、けっこう旨いぞ。ヘンなモンは入っとらんようじゃ」 その言葉に全員がそれぞれスープを飲むが、すぐに飲み終わってしまうと再びやることが無くなった。 また時間を持て余そうとした時に、ジョセフが不意に口を開いた。 「なあ。こんなにヒマなんじゃしちょいと賭けでもせんか」 壁に凭れ掛かって脚を組みながら、泰然とした態度で船倉を見渡す。 使い魔の言葉に眉を顰めるのはルイズだった。 「ちょっとジョセフ、こんな時に何を言ってるのよ」 だがジョセフは主人の言葉を意にも介さず、船倉にいる全員に向けて言葉を続ける。 「なあに、とても簡単な賭けじゃよ。誰が乗る?」 ニヤリと笑うジョセフの言葉に、悠然と立ち上がるギーシュ。 「いいだろう、だがどういう賭けかを聞いてから乗るか反るかを決めてもいいんだろう?」 「ああ構わん。他に乗るヤツぁおらんか?」 ワルドは興味深そうに見ているだけで立ち上がらないし、タバサは我関せずと読書を続行している。 そしてルイズは頬を膨らませながら腕を組んで、『こんな時になんて不謹慎な』という態度を崩していない。 残った一人であるキュルケは、そんな一行の様子を見てやれやれと立ち上がった。 彼女としてはこういうイベントがあれば参加したいというのもあるが、ジョセフの持ちかけた賭けに興味をそそられたのが最大の理由であった。 「じゃあ私もその賭けに参加させてもらおうかしら」 「グッド!」 ジョセフがニヤリと笑って親指を立てる。 「で、賭けの対象はなに? それを聞かせてもらわないと話が始まらないわ」 早速すすすとジョセフに近付いたキュルケは、ジョセフの前に座り込んで聞いた。ギーシュも貴族然とした優雅な足取りでジョセフに歩み寄った。 他の面々はそれでも興味を引かれて聞き耳を立てることとなった。 「んじゃ賭けを発表するぞ。賭けの対象は『この船の主が空賊か否か』じゃ!」 船倉の中で呆気に取られなかったのは、ジョセフとタバサ、そしてワルドくらいのものだった。 しばらく妙な雰囲気の沈黙が漂ったが、それを打ち破ったのはギーシュだった。 「は……はははははは! なんだいジョジョ、何やら随分と落ち着いてると思ったら何の事は無い、一番混乱しているのは君じゃないか! いきなり何を言い出すかと思ったが、正直僕は君の正気を疑ってしまってるよ!?」 いかにも最高の道化師を見たかのような破顔の笑みでジョセフを指差して笑うギーシュ。 聞き耳を立てていたルイズも、あちゃあ、と言わんばかりに顔に手を当てて眉間に深く皺を寄せていた。 「で、ダーリンはどっちに賭けるの?」 しかしキュルケはチェシャ猫のように笑いながら、さも愉快げに問いかけた。 ジョセフは余裕めいた笑みを全く崩さず、二人の貴族に下向けの掌を緩やかに見せた。 「わしが賭けるのは、お前達の後でいい。お前達の反対に必ず賭けよう。空賊だと賭けたらそうでない方に、そうでない方なら空賊だと言う方に賭けよう」 「そんな賭けでいいのかい? じゃあ僕は当然、空賊だ、という方に賭けるよ。賭け金はどこまで賭けたらいいんだい?」 勝ちを確信、どころか勝利を疑うこともせず、ギーシュは嬉々として上限を聞いた。 「幾らでも青天井で構わん。わしはそれに見合った代償を賭ける」 「そうか! じゃあそうだな……では僕は、100……いや、200エキューを賭ける!」 120エキューで平民一人が一年間暮らせるだけの金額だというのに、それを易々と超える金額を提示するギーシュ。 「ほう太っ腹じゃな。負けたらきちんと払ってもらうぞ」 「なあに、こんな勝ちを譲ってもらえる勝負ならこれくらいのコトはしないとね!」 「ちょっとギーシュ! いくらなんでもジョセフに200エキューなんて手持ちがあるわけないでしょ!?」 ルイズが慌てて二人の間に駆け寄るが、ギーシュは芝居がかった動作でルイズに指を突きつけた。 「おっとミス・ヴァリエール。使い魔の言葉は主人の言葉だということでもある。もしジョジョが賭け金を払えないというのなら、君に払ってもらってもいい……が、それではつまらない。だから僕は、君ではなくジョジョから全てを取り立てることにしたッ!」 ゴゴゴゴゴ、と何やら特徴的な書き文字がバックに出ているようなポーズと顔でジョセフに視線を向ける! 「この200エキューの代償として、ジョジョ! 君に一年間、僕の執事をやってもらおうッッッ!!」 ドォーーーーz_____ン どこからか特徴的な効果音さえ聞こえそうな勢いで言い放ったッッッ!! ジョセフは無論、口端をこれ見よがしに大きく吊り上げて叫び返すッッッ!!! 「グッドッ! いいじゃろう、その賭け乗ったッ!!」 バァーーーーz_____ン 二人とも不敵な笑みを浮かべて視線をぶつけ合えば、ドドドドド、と音が聞こえそうなすさまじい緊迫感が二人の間に流れた。 ルイズは懸命に叫びたててこの賭けは無効だ主人が同意してないから成立しない、と言っているが、この二人は聞き入れる気配など微塵も無い。 やがて愉快げな笑みのまま、ジョセフはキュルケに視線を向けた。 「で、キュルケ。お前はどっちに賭けるんじゃ?」 問われたキュルケは、赤い唇を褐色の指先で色っぽく撫でて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「あたしは、ダーリンの賭けた方に乗るわ」 「ミス・ツェルプストー! 君まで僕に200エキューをただで渡すというのかい!?」 笑いが止まらないとは正にこの事だろうと言う満面の笑みで、ギーシュはキュルケを見やった。 「いいわ、なんなら私もミスタ・グラモンの召使をやってもよくってよ?」 自慢の赤毛を両手でかき上げれば、ふわりと立ち上る女性の色香。 「あ、それはモンモランシーが誤解するから本気でやめて」 「誤解させるつもりだったんだけど」 素で返されたのでキュルケも素で返す。 「じゃ、私も200エキューをベットするわ。それでいいわね」 つまんないわね、と唇をちょっと尖らせてから、ジョセフににまりと笑みを向けた。 「よし! ではわしは『この船の主は空賊ではない』に賭けるッ!」 この時点で賭けは成立した。 「んもう! 本当にどうして私の使い魔は主人の言う事を聞かないのかしら……!」 大きく天を仰いで嘆息しつつ、力が抜けたようにルイズは壁際に寄りかかった。 その時、再びドアが勢い良く開き、随分と痩せぎすの男が入ってきた。空賊はじろりと一行を見渡すと、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。 「おめえらは、もしかするとアルビオンの貴族派かい?」 敵意を持った沈黙と、この場にはそぐわない余裕めいた沈黙が空賊に答えた。 「おいおい、黙ってちゃ判らないだろうよ。でもそうだったら失礼したな。俺達は貴族派の皆さんのおかげで商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中を捕まえたら、それもまた商売になるって寸法だ」 「じゃあ、この船はやっぱり反乱軍の戦艦なのね」 ほら見ろ、と言わんばかりにギーシュがジョセフに笑って見せた。 「いやいや、俺達は別に雇われてるワケじゃねえ。あくまで対等に協力しあってるだけだ。ま、お前らにゃ関係のないことだがな。で、どうなんだ? 貴族派か? それならちゃーんと港に送ってやるよ」 ねめつけるような空賊の視線に、ルイズはあからさまな怒りの視線をぶつけながら立ち上がった。 「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか! 寝言は寝てから言ってほしいものだわ! 私は誇り高きアルビオン王党派への使いよ、まだあんた達が勝ったわけじゃないんだからアルビオンは王国だし、正当なる政府はアルビオン王室よ!」 凛とした態度を崩さずに、怯えも恐怖も見せずに言ってのける。 「私はトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使だということよ! だから大使としての扱いをあんた達に要求するわッ!」 ギーシュは今にも顎が外れそうなほど口を大きく開けて、叫んだ。 「きっ……君は大バカか、ミス・ヴァリエールッ!?」 「誰がバカよ! 命惜しさに誇りを捨てて空賊風情に媚を売るだなんてマネを易々とするほうがよっぽどバカだわ!」 ギーシュに向き直ったルイズは、躊躇うことなく怒鳴った。 「それはそうだが、時と場合を選んでくれないか! 君がどういう行動をしようが勝手だがね、それに僕たちまで巻き込むのはやめてくれ!」 「うるさいわね! ならアンタは貴族派ってことにすればいいじゃない!」 「何を言うかミス・ヴァリエール! このグラモン元帥の四男たる僕に、アンリエッタ王女の信を裏切る真似をしろとでも!?」 ムキになって言い返すギーシュを見たキュルケは、呆れた顔で二人を見た。 「これだからトリステインの貴族は……。どうしてこんなに口だけ達者なの?」 頭痛を感じ始めた額に手をやって、やれやれと首を振った。 そんな様子を見ていた空賊はやがてさも楽しげに笑った。 「正直なのは美徳だろうが、お前達ただじゃすまねえぞ」 「あんた達なんかに嘘ついて頭下げるくらいなら、死んだほうがマシよ!」 断言するルイズに、ジョセフが立ち上がると主人に近付いていった。 何をする気か、と空賊も含め、船倉にいる全員の視線を集めたジョセフは、ルイズの横に近付くと、不意に帽子を脱いでルイズの頭に被せ、その上から力強く撫で回した。 「よく言ったッ! よく言ってのけたルイズッ!」 「え、あ!?」 突然のことに真っ赤になりながら、されるがままに頭を撫でられるルイズ。 「そうでなくっちゃな、それだからわしの可愛いご主人様なんじゃよなッ! いいぞルイズ、流石わしのご主人様じゃッ!」 かか、と満面の笑顔のジョセフはそれだけに留まらず、膝を折ってルイズと視線を同じ高さにすると、頭を撫でる手で主人の顔を引き寄せ、頬ずりまでして見せた。 ついに気が狂ったか、と考える者もいたし、はいはいバカ主従バカ主従、と呆れを隠さない者もいた。 「……頭に報告してくる。その間に遺書の文面でも考えてな」 余りの展開に気圧された空賊は去っていった。 「……ところでミス・ヴァリエール。僕達はもう破滅だと思うんだが」 大きく溜息をついて肩を落とすギーシュに、ルイズは毅然と言葉を掛けた。 「最後の最後まで私は諦めないわ。地面に叩きつけられる瞬間まで、ロープが伸びると信じるわ。――それに、私にはジョセフがいるんだもの」 帽子を被せられたまま、躊躇わずに断言したルイズの頭が再び大きな掌で撫でられた。 「あのねえ……ジョジョの手は君がとっくにリザーブしてるじゃないか。僕達はどうしろって言うんだい。せめて嘘くらいついてもバチは当たらないだろう」 もはや死を覚悟し始めたギーシュに、それでもルイズはきっぱり言い切った。 「それとこれは話が別よ! 嘘なんてつけるもんですか、あんな連中に!」 はああ、と大きく溜息を吐いたギーシュは、もはや問答は無駄だと判断して次の言葉を接ぐ事を諦めた。 ワルドもルイズに近付こうとしたが、ジョセフの凄まじい気迫(ワルド以外には欠片も感じさせなかった)に気圧されて近付くことができなかった。 やがて程無くして扉が開いた。先程の痩せぎすの男だった。 「頭がお呼びだ」 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1332.html
「・・・・・・ふぅ」 夕焼けの赤が夜の闇に侵食されている時間帯。 シエスタは纏めた荷物を宛がわれた部屋の床に、ドサリと置いた。 「・・・・・・まったく、運が無いですね・・・・・・私も」 モット伯。 平民の娘を雇い入れては、食い散らかしていると言う黒い噂を持つ、 学院に近い土地に領地を持つ一流貴族だが、シエスタは前々から彼に目を付けられていた。 方々に手を回して、自分に対しての興味を逸らそうとしたが、今日、とうとう、モット伯の所で働くと言う事で話がついてしまった。 「貴族の方に毎夜、身体を求められる生活なんて・・・・・・平穏じゃないです」 不満げに呟くシエスタは、整理整頓されている荷物から、一つのバスケットを取り出す。 そこそこの大きさのバスケットを開くと中には、何かを包んだ薬包紙が大量に入っている。 薬包紙の一つに一つに、シエスタしか意味の分からないように組み合わせた文字で名前が書いてあり、 どう見ても一介のメイドが持つべき物で無い事が見て取れる。 「ここから才人さんの所へ戻るのは、ちょっと大変そうですけど・・・・・・仕方ないです」 なるべく早く戻りたい所であるが、急いでは事を仕損じる可能性がある。 しかし、だからと言って、ゆっくりしていたら自分の貞操が、あんな手の汚い貴族に奪われてしまう。 「それだけは嫌ですね」 初めては好きな人と決めているシエスタは、即効性と隠匿率の高い薬を手に取り、なんとかしてこれを飲ませる方法を模索し始めるのだった。 「くそっ! 頼む! もっと早く走ってくれよ!」 焦れたような才人の声に、彼を乗せて走っている馬は嘶きを上げて答えるが、今ひとつ速度が遅い。 「その馬、今日は街まで行って帰ったきた奴だから、疲れているのよ」 それに私も乗ってるしね、と才人の腰に捕まり、馬に乗っているルイズが喋るが、才人の耳に届く事は無い。 「頼む、頼む、頼む! 間に合ってくれ! お願いだ!」 必死なのも無理は無い。 マルトーからシエスタが、モット伯と言うルイズが言っていた貴族の下へ奉公に言ったと聞いて、ルイズの部屋へ戻った才人は、彼女に、モット伯がどんな人間なのかを聞いたのだ。 曰く、その者の屋敷へ行ったら、少女は貞操を奪われるだろう。 曰く、世話をするのは昼だけでなく、夜のベッドの上でも世話をしなければならない。 曰く、嬲るだけ嬲って飽きたら、そのまま金だけ握らせ路上に捨てられる。 主に少女に対する、様々な黒い噂・・・・・・と言うよりは、事実を告げられた才人は、真っ青な顔で部屋を飛び出した。 自分の恩人の、貞操の危機に才人は、この世界に来てから初めて本気で焦っていた。 使用人のそんな様子に、部屋に残ったルイズは、どうやらモット伯絡みで何かあったのだろうと推測し、才人の後を追うのであった。 そして、現在に至る。 すでに夜も大分更けてきた中、もうに床に入り、一戦始めている恋人達も居るだろう。 もしも、モット伯が、そんな連中のように床に入って準備をして、シエスタを待ち構えているのならば・・・・・・・・・・・・ 才人は、自分の頭に浮かぶ悪い考えを、首を振って否定し、ただ、早く屋敷に着けるように馬を走らすだけしか出来なかった。 一方、ルイズも才人程では無いにしても焦っていた。 モット伯の行為は、女として何よりも許せない行為であるし、何より誇り高いトリステインの貴族がすることでは無い。 そんな者が平然とした顔でのさばり、あまつさえ犠牲者を増やそうとしている事実が、ルイズの堪忍袋の尾に直撃していた。 才人の知り合いのメイドとやらが手篭めにされている現場に、もしくは事の終わった後とかに踏み込んだとしたら、間違いなく後の事を考えず、モット伯を文字通りこの世から消してしまうだろう。 勿論、そんな事をやって一番困るのはルイズであるが、困ると分かっていても、その事態に陥ったとしたら、確実にプッツンいくだろうし、ルイズ自身、それを止める事は出来ない。 故に、そのような困った事態にならないように、シエスタとか言うメイドが犠牲になる前に着いてくれるよう、ルイズは、疲れてへばっている馬の尻を、自前の鞭で酷く叩くのであった。 理由違えど、焦る才人とルイズの間で、買われてから一度も抜かれていない剣は、尻を叩かれて暴れる馬の揺れに合わせて、寂しそうにその身を揺らしていた。 「次はこの料理をお願いします」 「は~い、今行きます」 「ワインの数が少し足りないみたいだから、誰か倉庫に行ってとってきてくれない?」 「あっ、私、行きます」 厨房に飛び交う少女達の声に雑じり、聞く者に安堵の感情を抱かせる少女の声が響く。 シエスタがこの屋敷に来て最初の仕事となる厨房の手伝いに来て、まず始めに驚いた事は、厨房で料理している人が全て女性・・・・・・しかも、皆、年若い、少女と言っても差し支えない者達だったことだ。 組んだ人の話では、ここの雑用は料理から力仕事まで全て女性が行っており、男性は護衛の為のメイジと衛兵だけらしい。 ほんと、良い趣味してるわよね、と憎々しげに呟く女性の雰囲気から、恐らく全てのメイドがモット伯の夜のお世話をしているのだろう。 なんとなく、メイド達の活気が無いのも無理はないなぁと、シエスタと一人頷いた。 ともあれ、食事と言うのは口から摂取し、尚且つ料理の味で薬の苦味なども誤魔化しやすい。 幸いにして、シエスタと組んだもう一人のメイドは、愚痴を溢しながら自分の仕事に集中しており、何をしようが気付かれる事は無い。 適当に相槌を打ちながら、シエスタは薬包紙の中身を少しずつ、モット伯の料理へと混ぜていく。 シエスタが、何故このような薬を、大量を持っているのか。 それは、彼女の曽祖父が残した手記によるものだ。 東の地から来たとシエスタが聞いている曽祖父は、博識であり、 彼が暇な時に戯れに残した手記には、様々な豆知識にも似た生活の知恵が記されていた。 他人から嫉まれず、馬鹿にされないように生活していたシエスタは、曽祖父の残した手記を読むのが何よりの楽しみとなっていた。 手記の中には、自分がこれまで知らなかった事や、当たり前のように思っていた事の真実など、幼いシエスタの好奇心を満たす様々な事柄が書いてあった。 手の大きさで対象との距離を測る方法。 卵を片手で一気に三つ割る方法。 そして・・・・・・一つの言葉。 何故、曽祖父がその言葉を手記に記していたのかは、今となっては分からない。 ただ、曽祖父の手記に一貫して書いてあるその言葉は、 シエスタにとって、金銀細工の装飾品より、彼女の心を掴んで放さなかった。 ―――私は、ただ植物のように平穏に生きたかっただけだ――― 平穏に生きる。 言葉にすると単純だが、実際問題実践するとなると、案外大変なものだ。 それも、平民のような貴族のさじ加減一つで、死ぬような者は特にだ。 シエスタは、薄々気付いていた。 手記に記されている、この言葉を実行するには、何者の干渉を吹き飛ばす『力』が必要になると。 故に、彼女は『力』を準備していた。 非力で魔法も使えない自分の『力』 子供の頃から野山に入り、茸や薬草に関しての知識を高めていったシエスタは、その『力』の在り処を薬に求めた。 それが、この薬の山だ。 だが、準備をしていたこの薬の山も、今までは、まったくと言っていい程、役には立たなかった。 それもこれも、彼女には『立ち向かう意思』と言うものが、根本から欠落していた為だ。 平民にとって、一種の洗脳とも言える貴族へと畏怖は、平穏に生きると言う目標を持っているはずのシエスタからも、貴族に対する反抗心を奪っていた。 例え、薬の効力が100%だろうと、貴族ならばどうにかしてしまうのでは無いか? そんな疑念がシエスタの心にはあった――――――この間までは。 そう、平賀才人と言う少年が、ギーシュと言う学生だが、れっきとした貴族を倒してしまった時から、シエスタの心から、疑念も畏怖も消え去らしてしまった。 簡単な話だ。 自分と同じ身分の者が、貴族を倒した。 その事実がシエスタに、欠落していた『立ち向かう意思』を作り上げ、貴族が畏怖の対象では無い事を教えてしまったのだ。 こうなると、もはや彼女に怖いものは無い。 自信が付いたと言えば聞こえが良いが、簡潔に言えば、シエスタは調子に乗っていた。 普通の人間ならば、調子に乗った所で、貴族に対してのどうしようもないパワーバランスに、やがては気付くだろうが、シエスタの場合は、その限りでは無い。 何故なら、彼女は用意していた『力』があり、性質が悪い事に、その『力』は半端な貴族には太刀打ちできない程に強力であったからだ。 「どうぞ、メインディッシュでございます」 ソテーされた牛肉に濃厚なソースが絡められている料理をモット伯の目の前に出したシエスタは、テーブルに腰掛けている他の貴族を見渡した。 どれもこれも、下駄な笑みを浮かべて自分の事を――――――より正確に言うなら自分の体を見ている。 明らかに好色が見受けられるその目に、シエスタは吐き気をするのを堪えて、さっさと厨房へと引き返す。 彼女の耳には、聞く事すらおぞましい会話が流れてくる。 「ほぅ、あれが今日入った娘ですか。 なるほど、気立てのよさそうな娘ですなぁ」 「発育も中々で、これは味見のし甲斐があるのでは?」 「はて、味見とは何の事かな、私には何の事かさっぱりなのだが」 「これは失礼、伯爵。失言でしたな」 ガハハ、と耳に残る笑いにシエスタは無表情で口元を押さえる。 ふと、押さえている手に目がつく。 (嫌だ・・・・・・もう爪がこんなに・・・・・・) こまめに切っているはずのシエスタの爪は、何故か今日に限って異様に長くなっている。 伸びすぎた爪は、まるで獲物探して回る猛禽類の鉤爪のように、鈍い光を燈していた。 ルイズと才人がモット伯の屋敷へと着いたのは、彼らが食事を終え、酒を片手に談笑をしている最中であった。 途中、『疲労』のDISCを抜けば良い事に気がついたルイズが、馬の頭からDISCを抜き、凄まじい勢いになったので、予定よりも遥かに早く着く事が出来た。 その所為で、乗ってきた馬が(疲労を忘れさせていただけで、無くした訳では無いので)潰してしまったが、彼女にとってそれは些細過ぎる問題であった。 門番に、ヴァリエールの名を出し急ぎモット伯へ取り次ぐように言うと、彼女達は応接間へと通され、そこで待つように告げられた。 待つ事、十数分・・・・・・・・・・・・奇抜な衣装に身を包むモット伯と衛兵二人がルイズと才人の前に現れた。 「これはこれは、夜分遅くに一体何の用ですかな?」 もったいぶったようにゆっくりとした喋り方で、訪問の理由を問い掛けるモット伯にルイズは、フンッ、と鼻を鳴らすと手早く目的を告げる。 「今日、引き取ったメイドが居るでしょう」 「んっ? ・・・・・・あぁ、あの娘ですか。 確かに、居りますが・・・・・・何か御用でも?」 「あんたの犠牲者をこれ以上増やすのは、女として、貴族として許せたものじゃない。 だから、そいつは私が引き取るわ」 ルイズの発言に、モット伯は驚きのあまり目を丸くしてルイズを見ていたが、やがて、くすくすと忍び笑いをし始めた。 眉を顰めるルイズに、いやいや失礼と言いながらモット伯は口を動かす。 「はて、犠牲者とは一体何の事でしょうか? 私には皆目検討もつきませんが」 とぼけるモット伯の様子に思わず、プッツンしそうになったルイズであるが、彼女よりも辛抱ならない人物が、今、この場に居た。 「とぼけるな!! シエスタは何処だ!? 何処に居る!?」 自分自身驚く程の剣幕で、才人はモット伯に詰め寄るが、近づく前に衛兵の槍がその行く手を遮る。 「威勢が良いのは褒め所だが・・・・・・見た所、君は平民のようだな。 下がりたまえ。貴族相手にその態度・・・・・・命が幾つあっても足りないぞ?」 「うるせー!! 貴族貴族、そんなに貴族が偉いのかよ!! シエスタを返せ!!」 貴族が偉いのかよ、の件でルイズの眉が動いたが、まぁ、使用人の教育は後ですれば良いと、とりあえずルイズはその発言をスルーしたが、モット伯は違った。 彼も一応はトリステイン貴族。傲慢と自尊心の塊である彼は、貴族全般に言える事だが、侮辱に対して敏感である。 「・・・・・・貴族に対して、私に対して、その態度、気にいらんな」 「そりゃ良かった。立場を利用して女を嬲る奴に気に入られたら、鳥肌が出ちまう」 ルイズは思った。 もしかして、この使用人。人を怒らす事に関しては、かなりの腕を持っているのでは無いのか、と。 事実、モット伯は、明らかに怒りを抑えている表情をしている。 公爵家の娘である自分が連れてきた平民で無ければ、今すぐに八つ裂きにしているだろう。 「サイト、少し落ち着きなさい」 「俺は十分、落ち着いて――――――」 「いいから! 少し黙ってなさい!!」 幾ら挑発をして貰っても構わないが、戦闘になるのはマズい。 自分の怪我は、まだ完全に治っていない。 それはつまり、ホワイトスネイクもまた普段通りの性能を出せないと言う事だ。 これが、どうしようもないドットやラインクラスの連中ならば歯牙にも掛けない事なのだが、相手は、あの娘と同じトライアングルのメイジ。 なるべく戦闘は避けなければならない。 「君の所の平民は、どうも躾がなっていないようだね」 憮然とした顔で告げるモット伯に、ルイズは、えぇと頷きながら、一歩前へと進んだ。 ホワイトスネイクは、今は消えている。 あの奇妙な格好は見る者の警戒心を煽り、今からルイズがすることの邪魔になると考えたからだ。 「躾が出来ていないと言うのは同意しますが・・・・・・」 言いながらルイズは、モット伯へと近づいていく。 10メイル 「立場を利用して女を嬲る・・・・・・の件は、私も同意するところですね」 ゆっくりと、しかし確実に歩を進めるルイズ。 8メイル 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」 険悪な表情で、自分の耳に入った言葉を聞き返す、モット伯。 6メイル 「ですから、自分が貴族であることを利用して女性を言いなりにするなんて 誇り高いトリステインの貴族がすることではございませんね」 くすり、と蔑みの笑みを溢す。 4メイル 衛兵の槍がそこから進むのを拒む。 どうやら、ここまでが限界のようであったが、もう十分に近づいた。 「なんという謂れ無い侮辱だ!! 幾ら公爵家の娘であろうが、これ以上の横暴は命を縮める事となるぞ!!」 「命を縮める? 縮めてるのは・・・・・・あんたの方でしょう!!」 瞬間、ホワイトスネイクが槍衾を越え、モット伯の眼前へ出現し、その魔手を振り上げ一気に振り下ろす。 誰も彼も、あまりにも突然過ぎる闖入者に反応できず、結果、ホワイトスネイクの手はモット伯の顔面に喰らいついた。 「サイト!!」 才人は、ルイズの一声に呆気に取られていた顔を切り替え、背中の剣を振り抜く。 間合いには、すでに入っている。 「キタキタキター!! やっと抜いてくれたな、相棒!!」 「あぁ、抜いたからには役に立てよ!!」 振り抜いた勢いのままの袈裟懸けで、槍を打ちつける。 槍越しに伝わってくる衝撃に堪らず手を放して、武器が無くなった衛兵にデルフを突きつけ 「まだやるか?」 戦闘の継続を確認する才人に、彼らは両手を挙げ降参のポーズを取った。 元より、はした金で雇われた連中だ。自分の命を危機に晒して戦う忠誠など無いに等しい。 「よくやったわ、とりあえず、そのままそいつらを見張っておいて」 手早く衛兵を無力化した才人に褒め言葉を口にし、ルイズはモット伯の頭に手を突っ込んでいるホワイトスネイクの隣に立つ。 「どう?」 「反吐ガ出ルトハ、コノ男ノ為ニアル、ト君ハ言ウダロウナ」 何時も通りの感情の揺れがまったく感じられない声を発しながら、 ホワイトスネイクはモット伯の頭から一枚のDISCをルイズへと差し出した。 「視テミルカ? 中々ニ刺激的ダト思ウガ」 差し出されたDISCを頭部へ挿しこむと同時に、モット伯の『記憶』がルイズへと流れ込んでいく。 泣き叫ぶ少女。 笑う男の声。 血に塗れたシーツ。 虚ろな目から零れる涙。 助けを求め、動く口。 あまりのおぞましさに、ルイズは乱暴にDISCを抜き取った。 「何よ、これ・・・・・・何なのよ、これ!!」 どうしてこんなに惨い事が出来るのか。 例え、平民の娘だとしても、このような扱いをして良いはずが無い。 湧き上がる不快感と嫌悪感から、ルイズは『記憶』DISCを抜かれ呆然としているモット伯を思いっきり、蹴っ飛ばした。 『記憶』DISCを抜かれた者は軽度の者ならば、自分が何者であるかを見失う程度であるが、今のモット伯のように全ての『記憶』を抜かれた者は、まさに生まれたばかりの人間のようになり、自分がどのように寝て、どのように起きて、どのように食べて、どのように生活していたかを全て忘れる。 つまり、今の彼のように心神喪失状態になり、何も考えられないようになるのだ。 だが、生温い。 あれだけの事をしていたと言うのに、たかだか生きる屍と化しただけでは生温い。 ルイズの考えを察したのか、ホワイトスネイクは、もう一枚、『記憶』では無く才能のDISCを抜き取ると、全力でモット伯の股間を蹴り上げた。 プチリ、と男性が聞くと発狂しそうな音が周囲に響く。 才人も、衛兵も、咄嗟に自分の切ない部分を押さえて、痛みを堪えるように顔を顰める。 それだけの事をやったのは確かなのだろうが、それでも憐れだと感じてしまうのは、同じ男性としての性だろうか。 どさり、と倒れこむモット伯の頭にルイズは『記憶』DISCを戻す。 「アグウワァァァァァァァァァ!!!!」 意識が戻ったモット伯は獣のような雄叫びを上げ、両手で股間を押さえ込む。 「無能ならぬ不能なんて、貴方らしい末路ね」 小馬鹿にしたかのように、フンッ、と鼻を鳴らし、今度は衛兵へと向きを変える。 凍りつく衛兵だったが、次の瞬間に始まった、醜い命乞いならぬ、息子乞いにうんざりとした顔でルイズはホワイトスネイクに命じる。 軽く頷いたホワイトスネイクは、DISCを二枚取り出し、それぞれの衛兵の頭に挿しこむ。 それっきり、彼らの口が開く事は無かった。 それどころか、彼らは無言で叫び声を上げるモット伯を抱え、応接室を出て行ってしまったのである。 「何したんだよ」 暫く呆気に取られていた才人であったが、明らかに挙動がおかしくなった衛兵の事を問い詰めるとルイズは、ふふん、と自慢げに口元を吊り上げる 「・・・・・・男として機能しなくなったんだから、今度は女として教育してあげるように『命令』しただけよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うげぇ」 めくるめく官能的な男色を思い浮かべてしまい、思わず喉から胃液が出そうになる。 ホワイトスネイクが命令したのなら、容赦など欠片も存在しないだろう。 となると、良くて朝まで、下手をすると丸一日、掘られる事態に陥るに決まっている。 「自分が行った行為が、どれだけ苦痛な事か・・・・・・身を持って知りなさい」 ルイズにしてみたら殺されるより酷い仕打ちをしているつもりなのだが、実問題、不能にされた挙句にカマを掘られるのが、死ぬ事より辛いかは才人には分からなかった。 付け加えるなら、分かりたくも無い。 「さてと、さっさとメイドを連れて帰るわよ」 「良いのかよ、勝手に連れていって」 「良いのよ。向こうが難癖付けてくる頃には、私の怪我も治ってるから」 怪我が治ったのなら、別に騒動でも何でもござれだ。 まぁ、魔法の才能を奪われたと言うのに、その事を表立たせるような動きを、あの能無しが見せるはずも無いと思うが。 「ともかく、私が良いと言ったら良いのよ。ほら、分かったら、早くメイドの所に行って帰れるって事を知らせてあげなさい。きっと泣いて喜ぶわよ」 急かすルイズの言葉に、才人は今頃不安な気持ちで一杯であろうシエスタの事を思い出し、応接室から飛び出していく。 その後姿にルイズは、 「・・・・・・ご主人様に感謝の言葉ぐらい吐いてから行きなさいよ」 誰一人、自分とホワイトスネイク以外居なくなった応接室で、不満げにそう呟いた。 唐突に屋敷に響き渡った悲鳴に、爪きりをしていたシエスタは、薬が効く時間にしては少し早い事に首を傾げた。 (おかしいですね・・・・・・もう少し後に効能が出るはずなんですけど) おまけに、こんな叫び声をあげるなんて、予定には無い。 混ぜる分量でも間違えたか? いや、それは無い。 分量も確認したし、混ぜた料理を全て平らげたのも確認している。 どこにも、不手際など無く、完璧のはずだ。 しかし、そうなると、この叫び声は一体? 疑問と不安が織り交ざったような、言い知らぬ焦燥感に顔色が変わっていく。 「違う・・・・・・分量も完璧・・・・・・確認もした・・・・・・私は失敗なんてしていない。 だから、この悲鳴は私とは無関係・・・・・・」 呟きながら、シエスタは爪を噛んでいた。 ガリガリと、強く血が出る程に。 「・・・・・・タ・・・・・・ど・・・・・・・・・・・・シ・・・・・・」 ふと、耳に届く声に、シエスタは爪を噛むのを止めた。 聞き覚えのある声が、どたどたと足音を伴わせて、この部屋に近づいている。 シエスタは、その声の主が誰なのかに気がつくと、半ば呆然として立ち尽くしてしまった。 それは、ここに居るはずの無い、愛しい人の声。 忘れたくとも忘れられない、蠱惑的な手を持っている、自分に『立ち向かう意思』を教えてくれた人。 「シエスタ!」 「サイトさん!」 扉を凄まじい勢いで開き、聞き慣れた声と見慣れた姿で現れた少年に、シエスタは思わず抱きついてしまった。 先程の焦燥が嘘のように無くなっていくのが、シエスタにはまざまざと感じられた。 顔を見るだけで、声を聞くだけで、心の平穏が保たれる。 そんな心の拠り所が、目の前の少年である事を、シエスタは再認識することとなった。 「遅い」 屋敷の外に出た才人とシエスタに、ルイズが投げ掛けた言葉は、時間に対する文句であった。 「無茶言うな。シエスタの事を探すのにも時間が掛かったり、見つけてからも、二人で必要な荷物を見繕ったりとか、大変だったんだぞ」 「ふ~ん」 才人の反論に不承不承ながら、ルイズは納得した。 シエスタが、今持っている荷物は、手提げのバスケットと旅行カバンが一つ。 あれだけの時間で、それだけ荷物を纏めてきたのなら、むしろ褒めるべきが正しい形である。 「ところで・・・・・・どうやって帰るんだよ。 乗ってきた馬は、へばってもう走れないんだろ?」 「それなら大丈夫よ・・・・・・ここにも馬は居るから、それを借り――――――る必要は無さそうね」 何処と無く、緊張したような声色で告げるルイズの横で、ホワイトスネイクが何時も無表情であるはずの顔に憤怒を張り付かせ、空を見上げていた。 それに釣られて、才人とシエスタも空を見上げる。 二つの月が輝く空には、全長が6メイルもある竜がゆっくりと羽ばたきながら、ルイズ達へと下降していた。 地面へと降り立つ最中、竜の背中から少女の顔が覗く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 沈黙のまま見つめあう二人に、薄ら寒いものを感じた才人は、一歩どころか、五歩程度ルイズから遠退く。 「何の用?」 竜が完全に地面へと降り立つと同時に、地面へと降りた少女へ、油断無く問うルイズに、 少女は、自分の背より大きな杖を地面へと落とす。 「話がある」 杖を落とすと言う事は、メイジにとって戦う手段を放棄すると言う事だ。 動物で言うならば、腹を見せ、降伏を誓う動作に等しい行為に、ルイズは少女の、話があると言う言葉の重さを悟る。 「話なら後で聞くから、今は学院に送ってくれる?」 地面に落ちた杖を拾い、訊ねるルイズに、少女は頷き自らの使い魔へと言葉を掛ける。 主の言葉に従い、その身を伏せた竜の背に乗るルイズに続き、才人とシエスタは少女へと軽くお辞儀をしながら、竜の背中へと乗り込む。 最後に少女が竜の首の部分に乗り、手でトントンと頭を軽く叩くと、竜はキュイキュイと鳴きながら、大空へと羽ばたくのだった。 初めて竜に乗ったシエスタは、馬では味わえない感触に興奮しながら、モット伯の屋敷の方を見る。 「サイトさんが来るのなら、お薬使うんじゃなかったなぁ」 あれも、結構高かったのに、と惜しむように呟く言葉は、風の音に紛れ、虚空へと消え去るのだった。 ベッドの上に寝かされているモット伯は、屈辱と怒りでごちゃまぜになりながら、下半身から絶えず発せられる痛みに悶えていた。 自分の事を運んできた衛兵達は、今は部屋の外で声を張り上げている。 聞こえてくる内容は、不手際から怪我をしたモット伯、即ち自分が、自らの魔法で治療している為、誰も彼もこの部屋に入っていけないと言うものだった。 最初、何を言っているのか分からなかったが、次第に状況が読めてくると、いますぐに違うと叫びたかったが、先程まで叫び声をあげていた喉は枯れ果てており、もはや単音すら満足に発音できない。 部屋の外に出ようとしても、今の自分は動くだけで激痛を伴い、立ち上がる事さえ儘ならない やがて、部屋の外に集まっていた気配が、次々と消失していく。 恐らく、衛兵の説明に納得して部屋の前に集まっていた人々が散っていったのだろう。 完全に人の気配が消え失せると、二人組みの衛兵が、部屋の扉を開け、モット伯が寝ているベッドの近くまでやってきた。 二人は、まるで死人のように虚ろな表情で、自らの服を脱いでいく。 (なんだ! こいつら、一体何をするつもりなんだ!?) 脳で理解はしているが、本能はそれを認める事を拒絶するモット伯であったが、二人がベッドの上に這い上がってくると、流石に認めるしかなかった。 (私の・・・・・・私のそばに近寄るなああ――――――ッ!!!!) あまりのおぞましさに喉が張り裂けんばかりばかりに叫ぶが、やはり、声は出ない。 最後の最後まで、手で掴まれ、服を無理矢理剥ぎ取られても、モット伯は叫ぶ努力をしたが、結局、それは実る事が無かった。 結局、彼は30分間、シエスタ特製のお薬によって心臓が停止するまで、自分がしてきた行為を味わう事となったのであった。 第七話 戻る 第九話
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1517.html
次の日。ジョセフは女神の杵亭で最も上等なスイートルームで惰眠を貪っていた。最初に入った部屋とは広さも大きく違うし、ベッドにしたって天蓋付である。そして非常に大きい。二人寝てもまだスペースが余るキングサイズだった。 しかしその大きなベッドで眠るのはルイズ一人だけで、ジョセフはリビングのソファで毛布に包まって波紋呼吸の寝息を立てていた。ソファとは言っても2m足らずの背丈があるジョセフが足を伸ばして眠れるような代物で、普通のベッドと比べても遜色のない寝床である。 昨日の夜に、意訳すれば「子爵殿はまさか婚約者を粗末な部屋で寝かせて自分が豪華な部屋で寝るつもりじゃあありませんよなァ~~~~~~?」という論調でとても紳士的に交渉した結果、この夜のスイートルームにはルイズ主従が宿泊することになった。 だが広いとは言え、ベッドが一つしかない室内を見たジョセフの怒りがルイズに見えないように再び生み出されたのは言うまでもない。 そんな紆余曲折はあったものの、いつもより柔らかい寝床でたっぷりと惰眠を貪ったジョセフは、いつものようにルイズよりずっと早起きしてしまい、暇を持て余していた。 仕事は宿の使用人がするし、暇を潰そうにも本は読めないし何もすることがない。散歩に行こうかとも思ったが、自分がいない間にあのキザ子爵が来るかもしれないし、何よりいつ新たな刺客が来るとも判らない。 ということで、静かな室内で何もすることなくソファに寝転がるしか出来ないジョセフだった。元々落ち着きのない性格で、動いていなければ時間を過ごすことのできない性格である。 已む無く、せめてもの時間潰しにルイズが起きるまで転寝を繰り返していた。 何度目かに転寝から覚醒したその時、扉がこんこんとノックされた。 「はァい、どちらさんですかな」 ソファから起き上がり、扉は開けないまま声を投げる。 「私だ、ワルドだ」 ヨダレ垂らしてる牛を見た時のような顔をしながら、それでも無視する訳にも行かずイヤイヤ立ち上がってドアを開けに向かう。 「主人はまだ寝てるんですがの、子爵殿」 ドアを開ければ、ジョセフとワルドは同じ高さの視線を交えることになる。 「おはよう、使い魔君」 言葉の裏に短刀を潜めた言葉を交わしあいながらも、互いの表情は穏やかなものだった。 「おはようございます。わしの記憶が確かなら出発は明日の朝のはずでしたなァ。こんなに朝早くにレディの部屋に忍んで来るとは、あまり感心できませんな」 ジョセフの皮肉たっぷりの言葉にも、ワルドはにこやかに笑みを返した。 「君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろ?」 「……は?」 訝しげにワルドをねめつけるジョセフに、ワルドは取り繕うように言葉を重ねる。 「その、あれだ。フーケの一件で僕は君に興味を抱いたんだ。グリフォンの上でルイズに聞いたが、君は異世界からやってきたそうだね。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だとも聞いたよ」 「はぁ」 ジョセフは「何が何だか判らない」という顔をしているが、内心では(こぉのバカ子爵ッ! こいつぁなんと頭脳がマヌケなんじゃッ!)と呆れ返っていた。 「僕は歴史に興味があってね。フーケを尋問した時に、君に興味を抱き、王立図書館で君の事を調べたのさ。その結果、『ガンダールヴ』に辿り着いた」 ワルドの言葉を聞いているように頷きながらも、ジョセフの頭脳は「主人ですら知らない事をコイツはどこから知ったのか」の推測を進めていた。 手袋に隠れている使い魔のルーンを見たのはコルベールとオスマンのみ。 自分がガンダールヴだと言う事を知っているのは、自分を含めてもその三人。フーケが自分の戦いぶりを見ていたとして……ハーミットパープルももしやすればバレているかもしれない。だが遠目に見えたあれがどんな能力を持つかは正確に判らないはず。 『先住魔法』と誤解されるか、それとも『ガンダールヴ』の能力の一片と考えるか。 少なくとも向こうはこちらをただの老いぼれとは考えていない、と見るべきだ。 だが他の可能性も考えてもいいかもしれない。『ガンダールヴの情報はフーケ経由ではない』という可能性と、『フーケとフーケ以外から情報を得てきた』ということだ。 ガンダールヴの主人は虚無の使い手であろう、とはオスマンの言である。あの爆発魔法を虚無の使い手の片鱗だと見た、か? ルイズを虚無の使い手と仮定すれば、ゴーレムと立ち回れる自分をガンダールヴと呼べる、か。 (――苦しいがないとも言い切れん。情報がどうにも少ないッ) 言える事は、向こうはどこからかガンダールヴの情報を得ていること。それとどんなマヌケでも判る嘘を漏らす締りの悪い口と、ミスの一つも誤魔化せない大マヌケだということだ。ジョースター不動産ではバイトすら出来まい。 ジョセフの中で、警戒レベルが再び上がる。今度は少し、警戒を強めに。 「あの『土くれ』を捕まえた腕がどのくらいのものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」 先程のワルドの言葉から、この言葉が終わるまで数秒足らず。この間にジョセフの頭は現時点での情報判断を終えていた。 「手合わせ?」 「早い話が、これだよ」 ワルドは腰に差した魔法の杖を指し示した。 「殴り合いかね」 ジョセフは鼻白みながら、ハン、と息を吐いた。 「その通り」 ワルドは不敵にジョセフを見るが、あからさまな温度差が二人の間に生まれていた。 「どうでもいいんじゃが、喧嘩吹っかけるならもうちょっと相手見てからにせんとなァ。お互いになーんもメリットがない。わしはんなメンドーくさい事なんかやる気もないし、そっちは勝っても自慢出来んし負けたら魔法衛士なんぞ引退モノじゃろうに」 手の内を見せたくないと言うのも大きな理由だが、最大の理由は「めんどくせェ」の一言に尽きる。別に誰かが侮辱されたわけでもないし、得るものもない。 「おや、君は僕の挑戦を受けてはくれないのか?」 「受ける理由がどこにあるっつーんじゃ」 と、有無を言わさずドアを閉めようとしたジョセフから、ワルドの視線が外れた。 「ああおはよう、僕のルイズ」 ワルドの声にジョセフが後ろを振り向くと、そこには寝ぼけ眼を擦るルイズが立っていた。 「……ワルド? どうしたの、こんな時間に……」 「ああ、これはよかった! ルイズ、実は君の使い魔に手合わせを頼んでいたのだが。どうにも御老人の興を誘うことが出来なくてね」 ジョセフ本人の了承を得られないなら、次はルイズから攻め込もうとする。 「もう、そんなバカなことはやめてワルド! 今はそんなことしてる場合じゃないでしょう? ケガなんかしたらどうするの!」 「そうだね。でも、貴族と言う人種は厄介でね。強いか弱いか、それが気になるといてもたってもいられなくなるのさ」 ワルドの言葉に、もう、と困った顔をしたルイズは、ジョセフを見上げた。 「ワルドったら本当に困った人だわ。ジョジョ、そんなの受けなくてもいいのよ」 しかしジョセフは顎ひげを親指の腹で撫ぜると、ワルドを見やった。 「いいじゃろ。どこでやるんじゃ?」 その言葉に、ルイズは大きく目を見開いて息を呑み、ワルドは満足げに頷いた。 「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備える為の砦だったんだ。中庭に練兵場がある、そこに来てもらおう。ルイズ、君には介添え人になってもらいたい」 「ちょっと! いきなり何を言い出してるの!? やめなさい、これは命令よ!?」 突然の展開に慌ててジョセフの服の裾をつかむルイズだが、ジョセフは主人の頭を軽く撫ぜるだけだった。 「あー、ちょっとした遊びじゃよ遊び。なぁに、ケガはせんように気をつける」 「そういう問題じゃないわ! 二人とも大人なんだからやっていいこととそうでないことの区別くらいつくでしょ!?」 本気ではないとは言え、自分の婚約者と使い魔が戦うのを見て無邪気に喜べる性格ではないルイズである。 ルイズが一生懸命二人を翻意させようとするが、二人揃って考えを改める様子は見られない。ややあって、溜息をつくと二人に言った。 「……判ったわ。服を着るから、先に行ってて」 説得を諦めたルイズは、肩を落としながら着替える為に寝室に戻った。 ジョセフとワルドは、今ではただの物置き場でしかない練兵場にやってきた。ワルドがかつてこの砦が誇った栄華について朗々と語っているが、ジョセフにとっちゃどうでもいい事でしかない。 ワルドの話よりも、ここがどんな場所で何があるか。それを確認する為に、帽子で隠した視線は物置き場を眺めていく。 自分とワルドの距離はおおよそ二十歩ほど。周囲には樽や空き箱が積まれ、石で出来た旗立台はかつて旗が立てられたのがいつか判らないほど苔むしている。 (ろくすっぽトラップは仕掛けられんなァ。身一つでどーにかせにゃならんか) 腰に差したデルフリンガーの柄を握れば、義手に刻まれたルーンが光る。 小気味良い金属音が物置き場に響いた直後、ルイズが憂鬱な面持ちで歩いてきた。 「では、介添え人も来た事だし始めるか」 ワルドは腰から杖を引き抜くと、フェンシングの構えのように前方へ突き出す。 (いかんなァ。既に得物の時点で不利じゃわいッ) 両手剣のデルフリンガーと、片手で取り回しが聞くフルーレのような杖。これが全身鎧に身を固めているなら兎も角、ただ布の服しか着ていないとなれば重要視されるのは威力よりも手数と速度。それに関してどちらが適しているかと言えば、答えはとっくに出ている。 しかも向こうには風の魔法もある。それと互角に戦おうと思えばハーミットパープルも使うことを念頭に置かなければならないが、ジョセフに使う気はこれっぽっちもない。 ガンダールヴの能力とデルフリンガーと波紋でどうにか賄わなければならないのだ。 「ま、お互いケガしても恨みっこナシッつーことで頼むぞ」 「構わん、全力で来るといい」 薄く笑うワルド目掛け、ジョセフは大上段に剣を掲げた。 「行くぞォッ!!!」 気合一閃、羽根のように軽い両脚で地面を蹴ってワルドに躍り掛かる。 (昔読んだサムライコミックに描いてあったッ! サツマジゲンリューを試すッ!) ジョセフが言っているのは、剣客マンガではオーソドックスな薩摩示現流である。 示現流の思想は実に単純にして明快、『剣を大きく振りかぶって相手を叩き斬る』ことだけをひたすらに追求した剣術である。 その為、示現流は『一の太刀を疑わず』『二の太刀要らず』とも言われ、髪の毛一本でも素早く剣を振り下ろせというほど一撃に勝負の全てを賭ける鋭い一撃を特徴とする――とは、そのコミックに書いてあった説明文だ。 無論、デルフリンガーは錆びたりと言えども重々しい金属で形成されている。ガンダールヴで強化された身体能力で頭を狙えば、大怪我で済めば御の字といったところだろう。 しかしワルドは杖で初太刀を受け止め……思わず歯を食いしばりながらも、辛うじて剣の動きを殺した。 かつて幕末の時代、示現流を修めた薩摩藩士に殺害された者は、『敵の刀を受け止めた、自分の刀の峰』で頭を叩き割られた者が多かったという。聞きかじりの鈍ら剣術とは言え、それを受け止めて見せたのはワルドの実力を如実に示すものであった。 細身の杖だというのに、渾身の斬撃を受け止めても傷の付いた様子も見られない。 ワルドは素早く背後へ飛びずさると、剣を振り下ろした直後のジョセフに、風を断ち切りながらの鋭い突きを繰り出した。 ジョセフはワルドの突きを剣を振り上げることで払うと、再びマントを翻らせながら優雅に飛びずさったワルドへと駆け込み、間合いを離す事を許さなかった。 「なんでえ、あいつ魔法を使わないのか?」 デルフリンガーの楽しげな声は、他人事のように戦いを観戦している観客のそれだった。 「遊んでくれてるんじゃろなァ」 くく、とジョセフは笑った。デルフリンガーと波紋で強化したジョセフの肉体は、魔法衛士隊の隊長であるワルドと比べて遜色ないどころか、やや押している節さえ見られる。 肉体のポテンシャルだけで言えば、ジョセフとワルドの違いは年齢を重ねているかいないか、というレベルでしかない。筋肉の付き方からしてジョセフは若者と引けを取らないのだ。 それに加え、治安の宜しくないニューヨークで仕事をする以上、護身術も習ってはいる。ジョセフはちょくちょくサボってたので殆ど身に付いていないのは御愛嬌だ。 とは言え。実戦に長けたワルドに不意打ちじみた初太刀が凌がれた今、ジョセフはチ、と内心で舌打ちした。 (アレで頭カチ割るつもりだったが予定が狂ったッ。まさか両手の唐竹割りが片手の杖で防がれるとは思いもせんかったわいッ) 予定としては、ジョセフが振り下ろした剣をルイズに余裕を見せ付けるために杖で受け止めてみせるか、紙一重で避けるかするだろうと思っていた。予想外の威力と速度を持った一撃ならば、ワルドがどう動くにせよこれで勝てると踏んでいたのは確かである。 これで決まらなかった以上、後は互いの実力が勝負を決める鍵となる――が。 今の数秒程度の切り結びで、ジョセフはワルドの実力を悟らざるを得なかった。 (そりゃー女王陛下御付の魔法衛士隊の隊長サマじゃもんなッ。そう簡単に負けたりしちゃくれんだろうがッ!) 「魔法衛士隊のメイジが、ただ魔法を唱えることだけと思ってもらっては困る」 ワルドは素早い突きを連続で繰り出すことで、ジョセフの動きを牽制しながら言う。 「詠唱さえ戦いに特化している。杖を構える仕草、突き出す動作! 杖を剣のように扱いながら詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」 「なるほど、そのつまらん御託も魔法の詠唱かね」 ちょっとした嘲笑を振り掛けた言葉と共に、ジョセフは凄まじい勢いで剣を縦横無尽に振り回す。長尺の剣であるデルフリンガーと言えども、両手で持って回す以上はややリーチに制限がかかる。 不意を取られた初太刀こそ辛うじて受け流したに過ぎないが、ワルドは既にジョセフの斬撃の間合いを見切っていた。 「君は確かに素早いし力強い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ」 軽やかなステップでかわし、杖で受け流す動きには無駄の一つもない。 「しかし、隙だらけだ。速く重いだけで技術はない。それでは本物のメイジには――勝てないッッッ」 そう言いつつジョセフの突きをかわしながら懐に入り込み、剣を落とさせようと持ち手目掛けて鮮やかな突きを繰り出す。 「むうッ!!」 腕を伸ばし切ったジョセフの手は、杖を避けるには少なすぎる小さな動きしか出来ない。波紋を使えばあの突きでさえ弾けるだろうが、出来ればあまり手の内を見せたくない…… (ならばッ!) 左手を柄から離し、襲い来る切っ先目掛けて裏拳を叩き込むッ! 突如物置き場に響き渡る、澄んだ金属音ッ! 「なっ!?」 何度も貫いた肉の感触ではなく、ゴーレムを打ち据えた時の様な感触に、さしものワルドと言えども一瞬虚を突かれる。 「わしをその辺のヘボメイジと一緒にするなよワルド」 その言葉が終わった瞬間には、ジョセフの爪先がワルドの向う脛を強かに打ち据えていた。 「ッ!!?」 「とっくの昔に義腕じゃよ」 と、痛みに歯を食いしばるワルドからバックステップで距離を取り、破れた手袋を投げ捨てて鉄製の義手を見せ付ける。 ただ漫然と義手を差し出しただけでは、ワルドの杖は義手を打ち砕いていたかもしれない。だがガンダールヴの紋章を刻印された義手の『波紋さえ留まる』という特性を生かし、反発する波紋で義手を守り、義手で受けたということで波紋を用いたという証拠をも消したのだ。 「お前は確かに強い。ただのメイジたぁ思えない。さすがは魔法衛士隊の隊長じゃな。じゃが余りにもマヌケだ。強いだけで、オツムはナメクジ程度だ。それじゃ決闘ゴッコは出来ても本物の戦いは出来んな」 先程言われたセリフを適当に改変し、楽しそうに笑ってみせる。 「そうそう、あの後で多分お前はこう言おうとしてたんじゃないかな? 『つまり、君ではルイズを守れない』とな! そのセリフ、そっくりそのまま返してやろう! 『え、お前それでルイズにカッコいいところ見せようって思ってたの?』となッ!」 くっくっく、と押し殺した笑い声をわざと聞かせ、帽子のつばを指で押し上げる。 ワルドはバネが弾ける様にジョセフへ飛び掛り、怒りを込めた速度で杖を突き出していく。 だが怒りで濁った突きは、速度や威力こそ速いが、凌げないほどではない。だが攻め返すにしても攻め入る隙を用意に見つけられないのは、正直なところだった。 剣で受け流し、間合いを取り、耐えるのがやっとという状態だ。 「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……!」 閃光のような突きを雨霰と降り注ぎながら、ワルドは低く呟いていた。 怒りに塗れながらも、それでも突きに一定のリズムと動きを持たせていた。 (くそッ、実力だけは大したモンじゃ! 杖で攻撃しながら同時に魔法詠唱することで、相手の動きを止めながらこんな距離での魔法の完成を可能にしておるッ!) 「相棒! こいつぁいけねえ! 魔法が来るぜ!」 「判ってる! 判ってるんじゃッ!」 デルフリンガーの叫びに、ジョセフが血相を変えて叫び返す。頭で理解するのと解決策を用意するのとはまた別次元の話だ。 そして魔法が完成し――空気で形成された不可視の巨大なハンマーが、横殴りにジョセフを吹き飛ばす。十メイル先で積み上げられた樽目掛けて、ジョセフが吹き飛ばされる! (このクソ老いぼれがッッッ!!!) 勝利を確信したワルドは、屈辱を晴らした笑みを見せた。 ジョセフの言った通りだった。ワルドは、この時点で。本物の戦いが出来ないことを自ら証明したのだ。 樽にジョセフが激突する瞬間、ジョセフは素早く爪先を差し出し、樽を蹴り付けッ! その蹴り付けた爪先からッ! 大量の反発する波紋を流すッ!! 樽は100キロ弱もあるジョセフを受け止め、かつ飛び来る速度を相殺した挙句、ジョセフにとんでもない推進力を提供させられることになる。哀れな樽は波紋で膨れ上がった内部の空気に耐え切れず、爆音と共に破裂したッ! 空気のハンマーで吹き飛ばされた時よりも遥かに速い踏み込みを以って、地面を低く這うようにワルドへと再び踏み込んでいくッ! 「なッ!?」 勝利を確信して弛緩させた心を、すぐさま先程までの水位に戻すことは困難を要する。 もしまだ戦いに心を置いていれば、ジョセフを今度こそ叩きのめせたかもしれない。 いや、むしろ、もっと殺傷能力の高い魔法を使うべきだったかもしれない。 ワルドの敗因を並べ立てるとすれば色々あるだろうが、最も大きなものがあるとすれば。ワルドが戦いを吹っかけたのは、ジョセフ・ジョースターだったということだ。 そのジョセフは既に自分の間合いに入り、今にも後ろで水平に構えた剣を横薙ぎに切り払ってくるだろう。カウンターしようにも、体勢の整っていないワルドにそれは出来ない。生半可に反応すれば、自分の攻撃は外れて相手の攻撃を貰うのは火を見るよりも明らか! 杖で受け止めるか、それとも身をかわすか……突然の選択を強いられたワルドは、反射的に大きく飛びずさる。剣の間合いから逃れ、ひとまず体勢を整えようとした。 先程の切り結びの中、ジョセフの間合いは十分把握している。 剣を避けた上で、身体の伸びきったジョセフに満を持して攻撃をかける――非の打ち所のない戦法と呼んで差し支えない、いい判断だった。 「うおおおおおおおッッッ!!!」 ジョセフの裂帛の気合と共に、地面に一際強く踏み込んだ左足を軸として、左腕が空気を薙ぎ払いながら横薙ぎの剣がその後を追って空気を切り裂き、ワルド目掛けて放たれたッ! だが、ジョセフのリーチと剣の長さを考えても、踏み込みが一歩浅かった! (焦ったな老いぼれッ! 僕の勝ちだ、ガンダールヴッ!!) 心の中で勝利を確信し、優雅に後ろへ飛びずさり。 ワルドの眼前を何かが通過し。強すぎる衝撃が右手を襲い。杖は、宙を舞った。 「――何?」 杖が地面に跳ねてから、やっとワルドは痺れる自分の手から杖が失われているのに気が付いた。 そして、ジョセフの剣がぴたりと喉元を狙っているのにも。 「勝負あり、じゃな。それとも杖ナシでやるか?」 信じられないものを見る目で、地に落ちた杖を呆然と見るワルド。 決着がついたと判断したルイズは、恐る恐る二人に近付いてくる。 「一体……どんな技を使ったんだ。ガンダールヴ」 震える唇で辛うじて絞り出した声に、ジョセフはニヤリと笑って剣を鞘に収めた。 「そのくらい自分で考えるんじゃな、“自称”本物のメイジ殿」 ワルドからあっさりと視線を外すと、ジョセフはルイズの方へ歩いていく。そして振り向きもせずに、いかにも楽しそうに言った。 「大サービスで技の名前だけ教えてやろう。名付けて、『流星の波紋疾走(シューティングスター・オーバードライブ)』」 流星色の波紋疾走。これもまた、ジョセフの読んだ剣客コミックからの引用である。 ジョセフは斬撃の際、両手で固く握っていた柄から右手を離し、左手のみで剣を振るったのだ。横薙ぎに剣を振るうならば、両手で振るより片手だけで掴んだ剣を、片手の腕力だけで振るほうが圧倒的にリーチが長くなる。 しかもそれだけに留まらず、右手の人差し指からは反発する波紋を流すことで剣速を加速させた。左手はただ握るだけではなく、人差し指と親指だけで柄を掴み、鍔近くから柄頭まで指の輪を滑らせることで、柄の分だけ更にリーチと威力と速度を伸ばすことに成功した。 これがもし握力が足らずにすっぽ抜けたり、剣先のコントロールが狂えばワルドの杖どころか腕や首さえ落としかねなかったが、波紋の精妙なコントロールを持ってすればさほど難しい所業でもなかった。 問題があるとすれば、「ワルドは飛びずさって距離を取る」という読みが外れた場合であるが、ジョセフはそれ以外の選択肢はないとすら確信していた。 杖で受けるには頭から爪先まで選択肢が多すぎたし、反撃するにも意表を付かれたあの状態ではろくなカウンターは取れなかった。結果、飛びずさるという選択のみが発生する。 『直前まで見せた剣の間合い』を見切らせ、なおかつワルドの身のこなしを計算に入れた上で、あのタイミングで流星の波紋疾走を放ったのだ。 だがワルドでさえ理解できなかった事が、ルイズに理解できるはずもない。 二人が決闘するという事態と、手合わせや決闘と称するには余りに過ぎた激闘に平静を失っていたルイズがほんの僅かに正気を取り戻すと、とりあえずジョセフの脛に蹴りを入れた。 「ぐはッ!?」 「あんたッ! 何してるのよッ! まさかとは思うけどケガさせたり殺す気で戦ってたんじやないでしょうね!?」 「いやちょっと待ってくれルイズ、向こうは名高い魔法衛士隊の隊長じゃろ? こっちも本気でやらんと」 「そういう問題じゃないわ! そういう問題じゃないのよ!」 ルイズは危険性についてがなり立てたいが、正直どういう攻防があったのかはほとんど理解できていない。ここで糾弾しやすいジョセフに怒鳴りつけて憂さを晴らしている状態だった。 ルイズとしてはいくらジョセフと言えども、魔法衛士隊の隊長であるワルドに勝てるとは予想すらしていなかった。しかもジョセフはこれまでにない力の入れ様でワルドに立ち向かって勝利してしまい、正直ルイズはどう反応すればいいのか判らなくなっていた。 自分の使い魔が陛下を守る護衛隊の隊長を打ち破るわ、しかも打ち破られたのは自分の婚約者だわと、どうにもリアクションに困ってしまう。 ルイズはワルドに視線をやるが、まだ痺れの消えない右手を左手で覆い、呆然と立っているだけだった。ポケットからハンカチを取り出して駆け寄ろうとするが、ジョセフがそっと肩を叩いて止めさせる。 「やめとけ、ルイズ。自分で売ったケンカで返り討ちにあったのに、婚約者に情け掛けられたらそれこそ自殺モンじゃぞ」 「でも……」 「グリフォン隊隊長ワルド子爵殿のプライドの為でもある。一人にしといてやろう」 ルイズはしばらく躊躇っていたが、声を掛けるのを押し憚れるワルドの雰囲気に、やむなくジョセフの手を取り、使い魔に引かれるままその場を去っていく。 「いっやー、おでれーたな相棒!」 物置き場を去ってから、デルフリンガーが陽気に口を開く。 「まさか相棒があんなに剣の達人だったなんて思いもよらなかったぜ! 使い手だけでもすげえのによ! あいつだってスクウェアクラスのメイジだぜ、多分! すげえな、相棒はメイジ殺しの才能があるんじゃねえか!?」 興奮したデルフリンガーはなおも言葉を続ける。 「ところで相棒よ、さっき握られてる時にふと思い出したことがあるんだけどよ。どうにも思い出せないんだよなー……随分大昔のことだからな。なあ相棒、心当たりねえ?」 ジョセフは返事の代わりに、デルフリンガーを鞘に収めた。 後でジョセフから、「あれはマンガで読んだ剣術でやったのはあれが最初、同じのをやれと言われても絶対ムリ」と聞いたデルフリンガーは、彼には珍しくしばらく絶句したそうな。 To Be Contined → 29 戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1062.html
シエスタは、一週間前から幸せに包まれていた。 一週間前。 水場で洗濯をしている時に、挙動不審な少年を見つけたのが、事の始まりであった。 平賀才人と名乗った、その少年は最初、 ここ何処だよ! どうして月が二つあるんだよ!? つうか、メイド!? えっ? ヘヴン? とか、訳の分からない事を叫んでいたが、どうにか落ち着かせて話を聞いてみると、日本と言う場所から、ここに迷い込んできたらしい事が分かった。 恐らく、才人が他のメイドや魔法学校の職員に見つかっていたなら、彼にはまた違う未来が待っていたのだろうが、運が良かったのか、悪かったのか、才人が最初に遭遇したシエスタは、日本、と言う言葉に聞き覚えがあった。 シエスタの曽祖父が、口癖のように言っていた言葉が日本と言うらしい。 曽祖父の言葉を聞いていた祖父が、自分の息子、つまり、シエスタの父親に話し、父親がさらにそれをシエスタに話していたのだ。 少年に興味を持ったシエスタは、知り合いの中で一番偉い料理長のマルトーに、事の次第を話し、ここで雇ってくれるように頼み、才人がここで働けるように取り計らった。 その時に、気を利かした同室のメイドが別の部屋に移り、何故か才人と同室になってしまったのはご愛嬌である。 基本的に、二人とも、雑用の仕事で忙しい為に、夜に日本と言う場所についてと、才人曰く、別世界である、この世界について会話するのが、この一週間で新しく出来たシエスタの日課である。 そして……才人が二段ベッドの、上の方のベッドで眠っている中、もう一つ追加された日課をシエスタは行っている。 「うふ……うふふ……才人さんの手、とっても綺麗ですねぇ」 眠っていて気が付かない才人の手に頬擦りをして愛でるのが、シエスタの追加された日課だ。 この世に生まれてから見た中で、才人の手はシエスタの中で一番、綺麗で、肌触りが良かった。 昔からこうなのだ。 シエスタは、綺麗な手を見ると、つい触ったり、頬擦りしたくなってしまう。 無論、そんなことを我慢しないでやっていれば、今頃、両親はシエスタの事を水のメイジの元に連れていっただろう。 幼い頃のシエスタも、その事をおぼろげに理解しており、これまでずっと、その手に関する感情をシエスタは隠し続けていた。 だが、才人の手は、そんな我慢を丸ごと無意味であったと言うように、シエスタの手に対する感情のタガを完璧に壊してしまったのだ。 曽祖父の言っていた、日本と言う場所からやってきた少年。 それだけでも、シエスタにとっては特別な存在であるのに、手も完璧とくれば、シエスタでなくとも特別な感情を抱くのは吝かではない。 その浮ついた心が悪かったのだろうか。 ちょっとした、本当に些細なミスを彼女はしてしまった。 アルヴィーズの食堂で、食後のデザートを配っている最中に貴族が床に落としたビンに気が付かなかったのだ。 その貴族は、そのビンが元で、二人の女性からビンタを喰らい、両の頬を真っ赤に染め上げ、シエスタに食って掛かってきた。何故、ビンを拾わなかったのかと。 言い掛かりそのものの怒りを受け、シエスタはすっかり恐怖で萎縮してしまう。 確かに、ビンを気付かず拾わなかったのはシエスタの非だ。 しかし、拾った所でこの結末は結局変わらなかったじゃないかと、傍で見ていた生徒の内の何人かの賢い者達は思っていたが、所詮平民の娘が一人、怒鳴られているだけ。誰一人それを助けようとせず、逆にせせら笑っていた。 誰もがシエスタの味方をしない中で、ただ一人、同じくデザートを配っていた少年がシエスタを責め立てていた貴族に反論し始めした。 平賀才人。 あの素晴らしい手を持った少年である。 「イヤャァァァァァァァァァッ!!」 幸せが根本から崩れる音がする。その音を聞きたくなくて、シエスタは悲鳴を上げた。 彼女の視線の先には、吹き飛ばされる少年の身体。 その少年を吹き飛ばした青銅のゴーレムは、追撃はせずに主であるメイジの指示を待っている。 「強情だな、平民。這い蹲って、一言謝れば許してやると言うのに」 青銅のゴーレムを操るメイジ―――ギーシュ・ド・グラモンが、才人に呆れたように降伏を提案するが、 才人は立ち上がり――― 「絶対、嫌だ」 ファイティングポーズを取り、決闘の続行を態度で示す才人に、ギーシュはやれやれと首を振り、杖を振るう。 その動きと同時に青銅のゴーレム―――ワルキューレは動き出し、才人の顔や腹を手加減無しに殴り続ける。 ―――まるで、サンドバックだな。 シェイクされ続け、まともに機能しない脳でそう考え才人は苦笑した。 無論、殴られている顔の筋肉は、才人の意思通りに動かず苦笑を形作る事さえ出来ないが、もはやそんなことは関係無かった。 「俺、死ぬのかなぁ……」 暢気に呟いたその言葉は、口から出る事さえしない。 痛くて苦しい 辛くて泣きたい 自分がどうしてこんな風に殴られているのか、忘れそうになる。 なんというか、才人には予感があった。 こうなるのでは無いか。 見るも無残なまでに殴られ、顔は腫れあがり、喉は口から流れた血がこびりついて、動きさえしない。 そんな光景が一瞬、頭を過ぎったが、結局、自分は“此処”にこうしている。 思えば……あの予感がした瞬間に、自分は、こうなる『覚悟』をしていたのでは無いだろ―――――― 「グガッ!!」 骨にも、筋肉にも見捨てられた鳩尾に減り込むワルキューレの拳。 ―――効いた。 今のは正直、もう痛みになれたと思ってた身体に、思い上がるなと警告する痛み。 (激痛に、さらに二乗したような感覚だな) その痛みの所為か、鈍っていた思考がクリアになっていく。 おかげで、今、自分の頭に向かってくるワルキューレの蹴りがはっきりと見えた。 ―――まぁ、見えたからって避けられないんだけどな ゴンッ、と鈍い音が広場に響くのと同時に才人の身体は、宙を舞い……桃色の髪をした少女の足元へと辿り着いた。 他のメイジ達の笑い声が、ルイズには遥か遠くのように聴こえていた。 自分の足元に居る少年。 彼は先程まで、貴族に凛とした表情で挑み続け、今、ボロクズのように倒れ伏している。 ―――何なのよ……これは。 その倒れている少年を見ていると、ルイズは自分でも良く分からない感情が、自分の中に生まれている事を感じ取っていた。 それは憐憫か? それとももっと別の感情か? 判断は出来なかったが、これだけは理解できる。 認めたくない事だが、どうやらこいつは、平民の癖にプライドが、敵に媚びないだけの『覚悟』があるらしい。 前々からルイズは思っていた。 ルイズにとっての理想の貴族とは、姉であるカトレアである。 しかし、その姿勢と言うか物事に対する取り組みは長女のエレオノールを手本としている。 エレオノールは何時も凛とし、他者を寄せ付けない雰囲気を出していたが、それは反面、誰にも媚びない、真に誇り高い者が纏うオーラであった。 このようになりたい。 誰にも頭を下げず、誰からも認められる、長女のような貴族に…… そう、胸に秘めてルイズは生きてきた。 だが、現実は甘くは無い。 どうしてもプライドと折り合いを付けなければならない事態はあったし、誰かに頭を下げる事なんて、かなりあった。 故に、自分は今だ理想を体現出来ていない。 だと言うのに……平民でありながら、その理想を体現している者が、今、こうして目の前に現れているのだ。 怒りはあった。 平民なんかが、と言う思いも確かにあった。 けれど、それ以上に、ルイズはこいつに負けて欲しくは無いとも思っていた。 平民が貴族に勝てるはずなど無いのに、何故だか、そう思っていたのだ。 「ソレガ、今ノ君ノ望ミカ、ルイズ……」 主が望めば……その者は、スタンドは動く。 それが例え、実現不可能に近い事であろうと…… 「正直……コノ少年ヲ勝タセルノハ難シイ。ダガ、不可能デハ無イ」 淡々と語る使い魔の言葉に、ルイズは驚愕の表情をホワイトスネイクへと向ける。 「うそ……こいつ、こんなボロボロなのよ? 一体、どうやって勝たせるのよ?」 「ソウダナ……コレガ、勝利ノ鍵ダ」 そう言ってクルクルと左手で回転させているDISCと何処から盗んできたのか、 果物を切る為のナイフを右手に持つホワイトスネイクに、ルイズは、何か言い知れぬ違和感を感じていた。 何か足りない……? 今朝と、今のホワイトスネイクを比べると、何かが足りないようにルイズは思えたが、ホワイトスネイクが視線で訴えてきた。 一瞬で良い、隙を作ってくれと。 隙なんて、どうやって作れば良いのよ、とルイズは心の中で毒づいたが、一つ、名案が浮かぶ。 自分の欲求と彼の勝利。 二つを併せた完璧な案に、ルイズは心の中で笑った。 そうして―――――― 「その決闘、待った!!」 大声で決闘の停止を呼びかけた。 「その決闘、待った!!」 そんな声が、辛うじて残っていた右耳の鼓膜を刺激する。 刺激の元凶を探し、僅かに動く首を回すと、意外にもその刺激の持ち主は近くに居た。 桃色の髪をした少女……その勝気な瞳が、自分と戦っていた相手に向けられている事を 才人が気付いた時、才人は動かない唇を動かしていた。 「な……に……を……ごほっ」 していると続けたかったが、途中で傷付けられた胃から胃液が逆流し、口内の血と交わり朱染めの体液を吐瀉する。 その様子に、ルイズは少しだけ眉を顰めて 「あんた黙ってなさい!」 大声で、そう叫んだ。 なんというか、今の少女の声には有無を言わさない迫力があり、才人は吐いたままの姿勢で立ち尽くす。 座って休まないのは、今、座ったら、もう立ち上がれないからだ。 「なんだね、ルイズ。今は神聖な決闘の最中なんだ。 ご婦人は、大人しく下がっていてくれるかい?」 「残念だけど、そうも行かなくてね。 ギーシュ、私と賭けをしない?」 「賭け?」 生真面目なルイズの口から、そんな言葉が出た意外さにギーシュは不思議そうな顔をしたが、 ふむ、とだけ呟き、首を動かして先を促してきた。 どうやら、このまま抵抗も出来ない平民をボコボコにしても詰まらないと感じたのだろう。 ルイズは、相手が興味を覚えた事に対して、心の中でガッツポーズを取りながら、言葉を続ける。 「賭けの内容は……この平民が貴方に勝つか、どうかよ」 ルイズが宣言した内容に、周辺のギャラリーがざわつく。 所々で、正気か? ついに頭まで『ゼロ』に、とか色々と言葉が飛び交っているが、それを無視してルイズは言葉を続ける。 「そして、賭けるモノは、相手に一つだけ何でも要求をすることが出来る権利よ!!」 堂々と告げるルイズに、ギーシュは何を言ってるんだ、こいつは、と言う視線を送るが ルイズはそんな事関係ないとばかりに口を動かし続け、全員の注目を自分へと引きつける。 (さぁ……これで良いんでしょう、ホワイトスネイク。 ここまでお膳立てをしてやったんだから、必ずその平民を勝たせなさいよ!!) (無論ダ) 誰にも諭されないようにホワイトスネイクは音も無く、才人の後ろへと近づく。 ただの学生である才人には気配なんて感じることも出来ず、ホワイトスネイクの接近を許してしまう。 そうして ―――ズブリ、と頭部にホワイトスネイクの右手が突き刺さった。 (始メマシテガ、コノ場合ノ正シイ挨拶ダナ) (なっ、誰だてめぇ! ……あれ? 俺、声……出てる?) (ココハ、オマエノ精神ノ中……私ハ、直接オマエノ頭ニ語リカケテイル) (どーりで頭に響く訳だ。つーか、何の用だよ。今、忙しいだけど、決闘とか決闘とか決闘とかで) (問題ハソレダ……オマエハコノママデハ、負ケテシマウ所カ、死ンデシマウ。 オマエモ、幾ラ何デモ死ニタクハ無イダロウ) (そりゃあ……死にたくないに決まってるよ……だけど、あいつは、あいつだけはぶん殴らねぇと気が済まないんだよ) 才人は、知らず知らずのうちに歯噛みしていた。無論、顎など疾の昔に砕けているので、出来るはずなど無いのだが、この感覚だけの世界では、不思議と顎に力を入れることが出来ていた。 (……オマエハ、私ノ知ッテイル人物ニ良ク似テイル。 ソイツモ、オマエノヨウニ何度死ヌヨウナ目ニ遭ッタトシテモ諦メナカッタ。 私ハ思ウ。オマエニハ、奴ノヨウナ『黄金ノ精神』ガ宿ッテイル) (なんだそれ? 焼肉のタレの親戚か?) (イヅレ、オマエニモ分カル時ガヤッテクル。 イイヤ、モウ分カッテイルハズダ。 デナケレバ、コノヨウナ勝チ目ノ無イ戦イヲスルハズガ無イノダカラナ……) 段々と頭の中に響いていた声が遠くなっていく。 それと同時に、頭部に何かが入ってくる感触がする。 何かが自分の身体に馴染む感覚。 それが何なのか才人には分からなかったが、その感覚が、才人の意識を外界へと向けていき…… (最後ノサービスダ……オマエノ『痛覚』ヲDISCニシテ抜イテオイタ。 オ膳立テハ、ココマデダ。存分ニ、ソノ力ヲ、私ニ見セテクレ) 「さぁ、どうするの!? 賭けにノるのノらないの!?」 「良いだろう、その賭けにノらせて貰おう……これで良いかい、ルイズ? さぁ、早くそこを退いてくれ。その、平民にトドメを刺せないからな」 余裕の表情で、そう告げるギーシュ。 ルイズは、その言葉に満足げに頷きながらライン越しにホワイトスネイクへと話しかける (そっちはどう? 準備万端?) (何モ問題ハ無イ。ムシロ、君ハ奴ヲ殺サレル方ヲ心配シタ方ガ良イ) (ふぅん、予想以上になんとか出来たって訳……一体どんな記憶DISCを使ったのよ?) (誤解ガアルヨウダガ、今回、私ハ記憶DISCヲ使ッテイナイ) (はぁ? じゃぁ一体どうしたって――――――) 「行け、ワルキューレ! そいつの頭をかち割ってやるんだ!!」 本当なら、ギーシュは平民が謝ったら、すぐにでも決闘を止めるつもりでいた。 だが、中々謝らない強情な平民と、賭けを提唱してきたルイズによって、その考えは捨てるしかなくなっていた。 仕方なく、ギーシュはこの平民を殺す事にした。 別に平民を殺した所で、貴族には罪にならない。 彼ら貴族にとって、平民と言う肩書きがあるだけで人間では無いのだ。 だから、罪悪感など微塵も感じない。 まるで、ランプに集る小煩い羽虫を潰すような気軽さで、 ギーシュは―――真っ二つにされる、ワルキューレを見た――― 「「へっ?」」 間抜けな声をあげたのは、ギーシュとルイズの両名。 二人とも、目の前の現実が突飛過ぎて脳の処理限界を超えてしまったのだ。 誰が信じられる。 先程まで良いように殴られ続けていた平民が、たかだか果物ナイフでワルキューレの青銅の胴を切り裂いたなどと。 「――――――ッ!」 声など出ない。出してる暇も無いし、出す気も無い。 ただ、痛みも身体の限界も、力学も、空気抵抗も忘れて、才人は走り出した。 自らが標的と定めた敵へと向かって 「わ、わるキュー!!」 慌てて残りのワルキューレを出そうとするが、時すでに遅し、 物理法則を無視したかのような才人の速さは、一息の踏み込みでギーシュの懐へと入り込んでいた。 そして、喉に当てられる刃。 まるで、獲物に喰らいつく猛獣の歯のようにギラつくその刃にギーシュはすっかりビビってしまった。 「コ……降参する! 降参するから、命だけは助けてくれ!!」 だが、首からナイフの刃が外される事は無い。 「頼む……なぁ、頼むよ。謝るから、許してくれ……お願いだ」 ギーシュの懇願が効いたのか、それとも肉体的にすでに限界だったのか、 果物ナイフをギーシュの首元から外し、てくてくと才人は歩き出す。 そして 「あっ……」 殴られ続けた才人を見て、呆然としていたシエスタに笑いかけた。 その微笑みは、顔の筋肉が殴られた影響で腫れあがり、 まともに働かなかった為に随分と歪なものであったが、確かに笑っていた。 「――――――」 その笑顔のまま、口を僅かに動かし、才人の身体は、今度こそ地面に倒れ伏した。 「才人……さん……」 倒れた才人を見て、ペタンと座り込んでしまうシエスタ。 今までの出来事に対し、脳の処理能力が追いつかないのだ。 回りの貴族達も同様であった。 ただ、驚きの表情でこの決闘の一部始終を見つめているだけ。 そんな中で、ルイズとホワイトスネイクだけが正気に戻っていた。 と言うか、ホワイトスネイクは最初からの、この結末になることを知っていたし、ルイズはホワイトスネイクに声を掛けられて、やっと正気を取り戻したのだ。 平民が……貴族に本当に勝った…… ホワイトスネイクがどうにかして勝たせると言っていたが、まさか、こんなに圧倒的とは思っていなかったのだ。 ともあれ、なんとか再起動を果たしたルイズは、悠然とした動作を心がけてギーシュへと近づく。 その顔は、先程の才人が表現したかった満面の笑みで彩られている。 「さぁ、ギーシュ。賭けの清算をしましょう?」 なるべく穏やかに、なるべく優雅に、ルイズはギーシュへと話掛けるが、ギーシュは一度、身体をビクンと一度振るわせた後、ガタガタと肩を揺らし始めた。 最初、ルイズは首にナイフを突きつけられた恐怖に震えていると思っていた。 しかし、事実はまったくの逆。 ギーシュは、限りなく憤っていたのだ。 「ルイズ……この賭けは無効だ……」 腹の底から響かせるように、ギーシュは厳かにそう告げる。 この返答にルイズは、眉を顰めた。 何を言ってるんだ、こいつは。 平民に負けたら、強制的にギーシュの負けである。 なのに、無効とは…… 「何、ふざけたこと言ってるのよ!! 約束を守りなさいよ! あんたそれでも貴族なの!!」 「あぁ、貴族さ! 誇り高きグラモンの末弟にして、土のメイジだ! だから、だからこそ、本気を出せば、あんな平民如きに負ける訳が無い!!」 そう言って、ギーシュは杖を振るい、薔薇の花弁からワルキューレを六体作り上げた。 「あの時、僕のワルキューレは一体だった。 しかし、本来なら僕は七体のワルキューレを扱う事が出来るメイジだ! 故に、あの勝負は全力で挑んでいなかったとして無効だ!!」 速効で勝負を終わらしてしまった事が裏目として出てしまった。 ギーシュに、貴族に対して、平民に負けたと言うのは耐え難い恥である。 もしも、ギーシュが七体全てを出し切って負けていたのなら、こんな事にはならなかっただろう。 しかし、今の彼には逃げ道が、全力を出していなかったと言う“言い訳”が存在してしまっていた。 「憐れね……現実が信じられないからって、そんな逃げ道に走るなんて…… それでも、誇り高き貴族なの?」 本気でルイズはギーシュに対して憐れみを感じていた。 そう……次のギーシュの言葉を聞くまでは…… 「お前に貴族云々を言われる筋合いは無い!! 魔法も使えない癖に、ただ威張り散らすだけの『ゼロ』が!! ハッ、そうか……君、あの平民とグルだったんだろう? それで、魔法を使えない者同士、知恵を振り絞って僕を倒そうとしたんだろ? そうなんだろ? ハハッ、何が憐れだ。君の方がよっぽど憐れだよ。 さっきから貴族、貴族と……魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!」 普段のギーシュならば、こんな言葉を吐かなかっただろう。 だが、平民に自分のゴーレムを壊された事、そして、その現場を他の学生達に…… 特にモンモラシーに見られた事が、彼から余裕と―――危機感を奪っていた。 故に彼は気が付かなかった。 ルイズの握られた拳から、血が流れていた事を…… 誰かが、その、あまりにも強く、手を握り締めた為に爪が食い込み出血しているその拳を見れば、この後の事態を避けられたかもしれなかった…… しかし、運命は無情である。結局、誰一人、その事実に気が付かず、ルイズは一歩、確りと足を踏み出してしまった。 「ねぇ……ギーシュ……決闘しましょう…… 貴方は魔法を使っても良い。勿論、使い魔も良いわよ 私も使い魔を使わせて貰うから、そのぐらい許可するわ」 何の感情も込められていない言葉。 あまりにも怒りに、頂点を一巡して、無感情にまで辿り着いた怒りに、ルイズは静かに向き合っていた。 その様子に気が付いた者が、ギャラリーにちらほらと見受けられてきたが、ギーシュはそんなことに気が付かず 「良いだろう……だが、君は魔法を使えないから実質、君の使い魔のみが、 メイジである僕と戦うんだ。僕のヴェルダンディは出すまでも無いよ」 「そんなこと言わないで……だって、貴方、今度負けたら使い魔が居なかったら負けた…… とか言い出すに決まってるわ。なら、最初から使い魔が居た方が手間が省けるもの」 「何の手間だい? 君が僕に負けて地面に這い蹲って、泣いて部屋に帰る時の手間かい?」 その時は、勿論ヴェルダンディで部屋に送ってやるさ、と呟くギーシュにルイズはもう一歩近づく。 そして、本当に透明な声で…… 「いいえ……貴方の墓穴を掘る手間よ」 ゆっくりと告げた。 瞬間、ルイズの隣に立っていたホワイトスネイクの身体が弾けた。 否、“弾けたような速さ”でギーシュへと肉薄した。 スタンドとは本体の精神エネルギー。 例えば、一人の人間が100メートルを七秒で走れたとしよう。 それが、どれだけ感情を燃やした所で、その人間の限界。 そして、それが世界の法則。 肉体と言う世界に縛られた檻では、感情を幾ら燃やした所で、どうしても限界を超える事が出来ない。 だが、スタンドは精神エネルギーの結晶体。 肉体を持たず、世界との繋がりが緩いスタンドは、世界と言う檻に囚われず、時折、そのスタンドに予め決められていた性能の限界を超えてしまう。 無論、限界とは、それ以上、先へ進めないから限界である。 その為に、スタンドが成長して限界を超える際は、基本的に新たな能力の使い方に目覚める。 すでにして性能が限界に達していたスタープラチナが、限りなく『0』に近い静止した時間を動けるようになったように…… エコーズが、その姿を変えて、能力を変化させたように…… オアシスが、それ以上強くなれない肉体の為に、周囲を脆くする能力を身に付けたように…… だが、ホワイトスネイクは、新たな能力には目覚めなかった。 この世界では無い、世界。 スタンド使いが居た世界で、新たな能力に目覚めず、スタンドの基本性能を一時的に飛躍させ、誇張でも何でもなく『限界』を超えたスタンドが一体だけ居る。 シルバーチャリオッツ。 仲間を殺された怒りが、超えられるはずの無い限界を超えたように、 ルイズのホワイトスネイクもまた超えられぬはずのない限界を超えていた。 有り得ぬはずのスピード。 有り得ぬはずの精密動作 有り得ぬはずのパワー ルイズとギーシュの距離は10メートルは離れていた。 しかし、ホワイトスネイクはその距離を一瞬にして『ゼロ』にして、同時に六体のワルキューレを粉々に粉砕していた。 「ほら……これで貴方を守る存在はいなくなった…… ねぇ、本当に使い魔を呼ばなくて良いの? このままじゃあ貴方……」 ルイズの淡々とした言葉は、ギーシュの耳には届いていない。 何が起こったのか、さっきの平民所の話では無い。 ガチガチと歯がなる。 認められない。認められるはずが無いと。 「ヴェルダンデ!!」 自分の使い魔を呼ぶ。 ヴェルダンデは、主の望むままにルイズの足元に大穴を空け……動かなくなった。 「なっ……何を……」 「ん~、綺麗なDISCね。流石はジァイアントモール……主よりもよっぽど価値があるわ」 手に何か円形のものを持って、ルイズが呟く。 もう、訳が分からなかった。 この状況もそうだが、自分の近くに居たはずのルイズの使い魔が何時の間にか、ルイズの傍に控えている。 その様は、下される命令を待つ兵士のようであり……処刑の号令を待つ、死刑執行人であった。 「さてと……それじゃあ……奪わせて貰うわ……貴方の才能を……ね」 円形のモノを口に咥えたルイズが、つい、と指揮棒を振るように右手を振った瞬間に、ホワイトスネイクがギーシュの眼前へと現れ―――――― 「えっ……?」 訳が分からなかった。 全力で振りぬかれたはずの使い魔の右手は、自分の頭をぶち壊す訳でもなく、ただ通り過ぎてしまった。 これは……もしかしたらチャンスじゃないか…… ギーシュは、最後の最後で油断を見せたルイズを嘲笑った。 ルイズも、ルイズの使い魔も、すでにギーシュに背を向けていた。 その隙だらけの背中に、剣を創り飛ばそうと、ギーシュは呪文を唱えた。 が……それが形になることは無かった。 「な……なんで?」 「お探しのものは、これかしら?」 ルイズがギーシュへと振り向く。 その頭には、二枚になった円形のモノの一枚が、頭に突き刺さっていた。 「それは……」 「……貴方、自分から出たモノなのに分からないの? これは、貴方の魔法の才能……土のドットクラスなんてカスだけど、 まぁ、ありがたく使わせ貰うわ」 そう言って、ルイズはこれまで一度も触れなかった杖に触れ、大きく杖を振り上げた。 それに伴い、粉々になったはずのワルキューレ達が、次々に形を取り戻していく。 「中々、便利じゃない……」 感心したように呟くルイズに、ギーシュは、もう自分は、この化け物に勝つことが出来ない事を悟った。 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 「あぁ、そうそう―――あんたには出て行ってもらうわ」 気付かれた……この世で最も恐るべき存在に気付かれた。 ギーシュは気絶したかったが、襲い掛かる恐怖の波でそれすらも出来なかった。 ただ、震えてルイズの言葉を待つしかできない。 「出て…………行くって…………何処……に?」 「決まってるじゃない」 ルイズは、無感動に無感情に無慈悲に無意義に無意気に 「――――――あの世よ」 お前はこの世に価値が無い。 まるで、無為な者を見るような目で自分を見つめるルイズの視線に、ギーシュが目を逸らそうとした瞬間、目の前が塞がれた。 何かが、頭の中に入ってくる…… そんな感覚がしたかと思うと、ギーシュは自分の首を自分で絞めていた。 「ぐぇぇぇぇっ!!」 苦しそうに呻くが、自分の手だと言うのに、思うとおりに動かない。 「ギーシュッ!!」 ギャラリーの中で、心配で部屋に戻った振りをしてギーシュを見に来ていたモンモラシーがギーシュに近寄り、首に回っている手を外そうとするが……外れない。 「ギーシュ!! ……ギーシュ!! ルイズ、お願い!! 彼を助けてあげて!!!」 何をしたか分からないが、ルイズがギーシュに何かをしてこうなった事は分かっていたので、ルイズに助けを求めるが、 彼女はワルキューレに倒れ伏した平民を担がせて運ぼうとしていた。 呆然としていたメイドもついでに抱えている。 「お願い!! お願いよ、ルイズ!!!」 モンモラシーの嘆願に、ルイズは振り返りさえせず、ヴェストリの広場を立ち去ってしまった。 そうこうしている内に、ギーシュの顔色が青から土色へと変色していく。 もう余裕が無いのは明白だった。 「ギーシュ!! お願い、手を離して、ギーシュ!!!」 モンモラシーが泣き腫らした目と、枯れた声で叫んだ瞬間、彼女の耳に魔法の詠唱が届いた。 「エア・ハンマー」 風の槌がギーシュの頭を酷く叩く。 それによって、ギーシュは気絶し、手に込められていた力もあっさりと抜けた。 「タバサ!!」 普段寡黙でこんなイベントには来ないであろう彼女が来た事に対する疑問はあったが、モンモラシーは素直にタバサがここに居る事を喜んだ。 「ありがとう! 本当に……本当にありがとう……」 泣きじゃくるモンモラシーを余所に、タバサは天国に片足を突っ込んだギーシュへと近づく。 ギーシュの足元、そこに光る何かを見つけたからだ。 円形の形をした何か。 鍋敷きのようであるが、これが、ギーシュに自分の首を絞めさせた原因だろう。 タバサが、それを懐にしまうと、タバサの後を着いてきたキュルケが、ふらふらと広場に到着する。 ギャラリーが騒然となっている中、この騒ぎを起こしたのがルイズだと知ると、キュルケは自責の念で潰れそうになった。 ―――自分が……自分が引き金を引いた所為でこんな事に…… もう遅すぎる後悔が、彼女を絶え間なく責めていた。 第二話 戻る 第3.5話
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2034.html
波紋ワインを飲んだアルビオン王軍を集めたホールにてジョセフが立案した手法は、ニューカッスル城の爆破解体及びそれに伴う岬の崩落であった。 NYで不動産王となったジョセフにとって、爆破解体は至極有り触れた手段であり、専門ではないにせよ城一つを解体するくらいはお手の物だ。 しかし爆破解体と言う技術が開発されたのは地球でも二十世紀に入ってから。 魔法を除いた技術レベルは中世のものでしかないハルケギニアの住人が理解しきれないのは当然のことだった。 しかしその程度の反応を恐れるジョセフではない。 不敵な笑みを一切崩すことのないまま、ニューカッスル付近の大地図とハルケギニアの大地図を前に滔々と語り続ける。杖を粗末にするとルイズが怒るのは目に見えているので、折り曲げた指の背でコンコンと地図を叩いて示す。 「しかし考えてみるといい、このニューカッスル城の立てこもるメイジの数は三百。この城の地理条件と敵の殆どがメイジじゃあないとして多勢に無勢は否めやせんッ。どれだけガンバったとしても向こうの被害は二千か三千、それでも大したモンじゃがなッ。 そこで逆に考える。敵に秘密港つきの風光明媚な城をわざわざくれてやるところを、城ごとブッ潰して向こうの度肝を抜いてやりゃあいいとな!」 ジョセフはニヤリと笑い、更に具体的な戦術に続ける。 「こん時ゃトーゼン巻き込む敵の数が多いに越したこたァ言うまでもない。じゃがあからさまに門を開け放してちゃー向こうも警戒しちまうわなァ。そこで向こうが攻めてきたところをナンボか抵抗して、キリのいいトコロで門を破らせる。 で、本丸に到着するまでに罠をがっつり仕掛けて足止めさせる。前の連中は罠に掛かるが、後ろの連中は城に入って戦功を上げたいからどんどん突入してくる。こーゆー時ゃ敵に勝利を確信させるのがコツ! 『相手が勝ち誇った時そいつの敗北は決定している』ッつーこッた! で、レコンキスタの連中が前のめりになったところで、ウェールズ殿下の演説を風の魔法で増幅させて、終わったところでタイミング合わせてドカーン」 握った手をニューカッスルの地図からハルケギニアの地図に移し、計画実行前後にニューカッスル岬が落下するであろう地点……ガリア王国の山脈を叩き、ふてぶてしく笑う。 「メイジは飛んで逃げられるが、どーせ城攻めに使うのは平民ばかりじゃろうから哀れ地面に大激突ーってワケじゃな。これなら魔法と大砲でブッちめる分と合わせて、少なくとも五千……臆病風に吹かれて逃げ出すのも随分と出てくる。 レコン・キスタに与えるダメージは決して少なくはないッ!」 手段もそうだが、ジョセフの発想のスケールの大きさもまたメイジ達を驚かせるものだった。それ故にジョセフの言葉を信じ切れないのは止むを得ないことである。 が、ジェームス一世とウェールズはジョセフの策を採ると決めている以上、粛々と従う姿勢を取るのは呼吸するより当然のこと。 さてニューカッスル城爆破解体に取り掛かるジョセフが最初にやらせたことは、錬金によるゴーレムの作成だった。三百のメイジはその殆どが最低でもライン、多くはトライアングル、中にはスクウェアも数名いる。 土系統が専門ではなくても錬金でゴーレムを作ることくらいは朝飯前である。 それに加え、ゴーレムを錬金する媒介にジョセフが指定したのは門から城に続く地面。 城を中心として堀を掘らせるようにゴーレムを錬金したのである。 土から起き上がったゴーレムはスコップ、もう半数はハンマーと杭を持っている。 「よしよし、んじゃ次にデッカイ穴を幾つか掘るとするかッ」 そう言うとジョセフはデルフリンガーを抜き、デルフリンガーにハーミットパープルを伝わせる形で発現させた。 「いやァこの剣はイロイロ出来るマジックアイテムでしてなァー」 「よく言うぜ相棒よォー」 ワルド戦にて魔術赤色の波紋疾走で燃やされた恨みたっぷりの声を、ジョセフは全力で聞き流した。 デルフリンガーを地面に突き刺し、茨を地下へと伸ばしていく。今回探知するのは地表から空中までの距離である。少々の時間が経ち、おおよその距離を把握した。 「ふむ、こんなモンか。えーと、大体こんなモンで」 ひょい、と地面の上に伸ばした茨は、空中に届くまでの長さ。それを参考にロープを切り、次にロープの片端をこの城にも数頭いたジャイアントモールやモール達に結わえ付ける。ギーシュのヴェルダンデも当然頭数に入っている。 そしてもう片端をゴーレム達がしっかり掴んで、モグラ達は下へ向かって穴を掘り進んでいく。こうしておけばもし掘り過ぎた場合でもゴーレムが引き上げられるという按配だ。 しばらくしてロープがピンと張られる。目的の深さまで掘り進んだところでゴーレムがロープを引っ張り、モグラ達を地面へ引き上げる。 続いて火のメイジが黒色火薬を固めて作った即席の爆弾を深い穴へ投げ入れ、底に落ちた爆弾が爆発する。すると辛うじて残っていた穴の底は爆発により吹き飛ばされ、空に向かって開いた穴からモグラ達に掘られて柔らかくなっていた土が一気に落下していく。 幾つも土を掘り進める作業が続く中、ハンマーと杭を持ったゴーレムを引き連れたジョセフは城の見取り図を手にハーミットパープルで念視を行う。 爆破解体で必須となるのは、「いかに建築物の重量を支えている箇所を効率的に破壊するか」という点。 ジョセフの目視でもおおよその爆破ポイントは目星がつけられるが、固定化の魔法がかかっているハルケギニアの建築を前にしては、念を入れなければならないのである。 だが幸運なことに、ニューカッスル城は城全体にはそれほど強固な固定化は掛けられていなかった。風化による劣化に耐えられる程度の固定化であり、建築技術により城塞に求められる強固さを得た、ハルケギニアには珍しいタイプの城だった。 ハーミットパープルが導き出した爆破ポイントに辿り着くと、チョークで書いた円の前にゴーレムを配置し、一斉に杭とハンマーで穴を穿たせていく。 城中を回りながら作り上げた穴に爆弾を詰め、なおかつメイジ達の攻撃魔法を放つことにより爆破ポイントを一斉に破壊し、城を解体する手筈である。 地球ならば遠隔操作による着火で済む話だが、ハルケギニアにそのような便利な技術は存在しない。まして中世レベルの黒色火薬で作られた爆弾で求められるだけの爆発力を得られるかも怪しい……ジョセフが良心の呵責に駆られないはずがない。 しかし三百のメイジ達は次の夜を迎えるつもりもない。この爆破解体を成功させるためには避けて通れない代償だということは重々理解している。 例え死ぬ経緯が違うとは言えども、メイジ達を死に追い遣るのはジョセフの計画によるものである。 (決して失敗などせんッ、失敗しちまやァそれこそ犬死にじゃからなッ!) 何度も繰り返した決意、それを再び心に刻みながら、次の作業場所に移る。 宝物庫の中では何人もの使用人が空のワイン樽に金貨や宝石など、目ぼしい宝物を忙しく詰め込んでいた。 「どーせ残しといても地面に落ちちまうんじゃし、どうせならトリステインが使えるようにしときゃイイ」というジョセフの進言により、城の宝物庫に残っていた財宝を持ち出すための作業が続けられていた。 イーグル号もマリーガラント号も避難民を全員乗せなければならないので宝物を入れる余裕はない。別の運搬手段に関しても、ジョセフのアイディアが解決した。 樽にパラシュートをつけ、それをトリステインとガリアの国境にあるラグドリアン湖に落下させるという方法である。その為に城中のロープや布が集められ、ジョセフが紙に書いたデザインに添ってメイジ達の錬金でパラシュートが作られていた。 それから再び庭に出ると、今度は岬の地図を手にハーミットパープルでの念視を行う。 爆破解体した城の重量で岬を崩落させる大仕事を果たすために、立っている岬を媒介として岬の『地脈』を念視する。地中に伸びた数本の茨の動きが止まったのを確認すると、穴を掘り終えてどばどばミミズをたっぷり食べているモール達の頭を撫でてやる。 掌から流れる波紋に気持ちよさそうにもぐもぐと喉を鳴らすモールは、やがて茨を追って地面の中へ穴を掘っていく。 早ければ馬が走るほどの速度で地面を掘り進めるモールの姿があっという間に見えなくなったのを見送ると、周囲に人の目がないのを確かめてからジョセフはドサリと地面に倒れ伏した。 「いかんッ……ちぃと働きすぎたッ。体がなんかギシギシ言いやがるぞッ」 人前では言えないジョセフの愚痴に、デルフリンガーが鞘から顔を覗かせた。 「そりゃあ相棒は年寄りだからなぁ。それにしたって筋肉痛がもう出てるんだから若いって言えば若くね?」 「それにしたってキツいじゃないかッ。わし前に寝たんは何時の事じゃったかなー……ここに来るフネじゃなかったか? そっから波紋とかスタンドとかガンダールヴとか使いまくりじゃぞ? ジャパニーズビジネスマンじゃあるまいし、NYでこんなに働いたこたーない」 筋骨隆々でノリも軽いので忘れられがちだが、ジョセフは68歳で立派なジジイである。 超能力使ったりチャンバラしたり友人達の技パクったり爆破解体に走り回ったりと、非常に疲れる一日であった。しかもまだ途中だというのがジョセフの疲労を重くする。 「いいじゃねぇか、たまにゃー働いたってバチ当たんないぜ? 特に今日のコイツは大仕事だ。俺っちも随分と長いコト生きてきたが、こんなムチャなコト考えてやろうとかする大馬鹿野郎はたった一人しか知らねぇ」 「ほう、他にいるんか。そいつぁーよっぽどのハンサム顔か性格の悪いヤツに違いないな」 けらけら笑うジョセフの腰元で、デルフも金具をカチカチ鳴らして笑った。 「全くだ、性格の悪さはどっちもどっちだがハンサムっぷりで言ったら相棒は惨敗だな」 「後でルイズの爆発を吸い込めるかどうか実験してみるかなァー」 「OK落ち着け相棒」 軽口を叩きあう老人と剣。 それからしばらく休憩がてら寝転がって夜空を見上げるが、ハーミットパープルを伸ばし続ける為のスタンドパワーの消耗はさしたる休息を取らせてくれない。 「それにしてもアレじゃなー……」 「どうしたよ相棒」 「柱の男やDIO倒しに行った時と同じくらい頑張っちゃおるがなァ。なんでこんなに頑張ってるのか自分でもよく判らん」 輝く月が明るいせいで、満天に輝く星の光はいまいちハルケギニアに届かない。 月ばかりが目立つ空を見上げ、ジョセフは一つ欠伸をした。 「別に見返りとかあるワケでもないしな」 「見返りがほしくて使い魔やっとるワケじゃないぞ? それにエジプトに行く時も波紋は必要最低限にしちゃおったんじゃが、こっちに来てからどうにも波紋ばっか多用しとる。 いかんいかん、これじゃ帰った時にスージーにどやされる。なんで自分だけ年取ってないんだってな。アレ天然のクセして怒ると怖いんよなァー」 「そー言や相棒は孫もいるんだったよな。元の世界に帰りたいかい、相棒」 「帰るに決まっとる」 即断する言葉に、デルフリンガーは次いで問いかけた。 「貴族の嬢ちゃんを残してかい?」 「痛い所を突くのォ剣のクセに」 「剣の仕事は痛い所を突く事だぜ、相棒?」 「上手い事言うのは剣の仕事じゃないじゃろうよ」 「六千年も生きてる伝説の仕事は上手い事言う事だぜ」 「もっともじゃな」 ふむ、と顎ひげを摩り、デルフリンガーにちらりと視線をやった。 「そりゃ帰らなくちゃならん。わしには待ってる家族がいる。先約は向こうじゃからな。だがルイズもほったらかしにしたいワケじゃあない。だから、いつ帰ってもいいようにルイズにはわしの持ってる技術や知識を伝えたい。 今回の爆破解体だってルイズやギーシュ達にわしの知識を伝授するいい機会だしな。このわしがルイズに召喚されたのはその為だと。わしはそう思っとる」 迷いのない声。確固たる意思で固められた言葉に、剣は呟いた。 「なるほど。だから、隠者の紫か」 納得したような声を、ジョセフが聞き逃す訳もない。 「ハーミットパープルがどうかしたのか?」 「いや、なんでもねえ。個人的に納得したっつーだけの話さ」 「なんじゃ、お前にしちゃ歯切れが悪いな」 「つい最近まで錆だらけだったからな、切れ味鈍ってたぜ」 誰が上手い事言えと、とツッコミもしないジョセフにデルフリンガーもそれ以上何も言わず無言で地面に横たわっていた。 今回の計画はジョセフが八面六臂の活躍をしているが、ルイズ達魔法学院の生徒も、作業のシフトにしっかり組み込まれている。 ルイズは爆発魔法で強固な固定化の掛けられた箇所を爆破して回っているし、ギーシュもワルキューレを指揮して堀を掘っている。キュルケもゴーレムを錬金して城の爆破ポイントを回っているところである。 そしてタバサはと言うと。 「ジョセフ」 寝転がっているジョセフに彼女が声を掛けた。 「おお、準備が出来たか」 主人が見れば「何をサボってるのか」と詰問するような場面でも、タバサは普段通りに佇んでいるだけだった。 タバサとシルフィードは、ラグドリアン湖に宝物を満載にした樽達を落としに行く為の人員としての役割を負っていた。アルビオンがラグドリアン湖に再接近する頃合に、パラシュートを付けた樽を牽引して運搬し上空で落とさなくてはならない。 そこで風竜が使い魔である風のトライアングルであるタバサが、この作業に従事するという訳である。 ぱんぱんと服を叩きながら立ち上がるジョセフに、タバサは淡々と語りかける。 「準備は出来たけれど、思っていたより数が多い。何度か往復しなければならない」 「フーム、滅びる前でも流石は王国じゃな。他に人手は?」 「満足に使える幻獣がいない」 「んーまァ、いるなら篭城戦にゃならんわなー」 視線を軽く宙に彷徨わせ、しゃあネェか、と口にした。 「ワルドのグリフォンがいる。アレ使おう。あんまりシルフィードを疲れさせるワケにゃいかんからな」 「無理。騎乗用に調教された幻獣は主人以外が手綱を握ることを許さない」 事実のみを告げるタバサにちっちっち、と指を振ってみせる。 「わしはただの人間じゃないんじゃぞ? まァいいモン見せてやろう」 僅かに首を傾げたタバサをよそに、穴からモール達が出てくる。 「よし、んじゃお前達は庭掘りに行って来い。わしらもこれからまだ仕事があるからな」 頭を撫でられたモール達は嬉しそうにしながらもぐもぐもぐと庭へと進んでいった。 その後姿を見送ってからジョセフ達も厩舎へ向かう。 途中、ワルドと戦った場所の近くを通りかかれば、地面に飛び散った血の痕のそばに切り落とされたワルドの左腕が落ちているのにジョセフは気付いた。 無視するべきかどうするか少々考えてから、ジョセフはずかずかと歩いていって左腕を掴むと、わざわざ屋根つきのゴミ捨て場まで回り道して「燃えるゴミは月・水・金」と書かれたゴミ箱の中へ叩きつけるように投げ捨てた。 多少の回り道してから辿り着いた広い厩舎にいるのは数頭の馬とグリフォンのみ。主人以外の何者かが近付いてくるのに気付くと、鷲頭の幻獣は唸り声を上げて威嚇を始める。 しかしジョセフは何も気にすることなく右手に発現させたハーミットパープルをグリフォンに伸ばし、頭に絡みつかせて波紋を流す。 見る見る間にグリフォンは唸り声を上げるのをやめ、いつでもどうぞと言う様に身体を低く伏せた。 「……驚いた。まるで先住魔法のよう」 学院の人間が見たこともないような驚きの表情でジョセフを見上げるタバサに、ジョセフはしてやったりと笑って見せた。 「こんなモン、チャチな超能力じゃよ。さ、ちゃちゃっと仕事終わらせんとな。突貫工事もいいトコなんじゃぞ、このくらいの規模の工事じゃと調査とか入れて何ヶ月もかける仕事なのを一晩でやろうって言うんじゃからなッ」 グリフォンに馬具を付けて行くジョセフの後姿を、強い視線で見つめるタバサ。 何事か声を掛けようとしたが、緩く首を振って無言でシルフィードの元へと向かう。 ロープでそれぞれを結わえ付けた宝物満載の樽達を引っ張るのは、シルフィードとタバサ、そこに加わったグリフォンだけでは難しい。 数人のメイジがシルフィードとグリフォンに分乗し、複数のレビテーションで浮かせた樽を繋げたロープの端をシルフィードとグリフォンがそれぞれ咥えて運んでいく。 アルビオンのメイジ達は風の流れを巧みに読み、遥か眼下のラグドリアン湖に見事落下する箇所でロープを切り離し、樽をそれぞれ落としていく。 月明かりの中、樽に結ばれたパラシュートが無事に開いて空に花を咲かせたのを見届けると、シルフィードとグリフォンはアルビオン大陸へとトンボ返りした。 グリフォンを厩舎に戻したジョセフは、それからも忙しなくニューカッスル城を駆け巡る。メイジ達の指揮を執るウェールズの元へ行き爆破のタイミングを取る為の演説の内容を打ち合わせしたり、爆破ポイントに不備はないかチェックしたり。 この夜、ニューカッスル城にいる者は例外なく眠りに付けた者はいない。 しかし今から行われる作戦がどれだけの効果を上げるのか知っている者は、ジョセフただ一人。 成果の判らない作業に従事する夜が明け、朝が来る。 鍾乳洞に作られた港から、ニューカッスルから疎開する人々を満載したイーグル号とマリー・ガラント号が出航する。 計画立案を担当したジョセフ達は、アンリエッタから請け負った任務を遂行する為にフネに乗ってトリステインへと帰っていく。 しかし今から玉砕戦に挑むウェールズ達は戦の最終準備に忙しく、ルイズ達を見送る事は出来なかった。 マリー・ガラント号に乗ったルイズは、遠ざかっていくアルビオン大陸を艦尾からじっと見つめていた。 * 「――よってここにアルビオン王家は敗北を宣言する。しかし君達に杖の一本銅貨の一枚たりともくれてやる訳にはいかない! アルビオン王家第一王位継承者、ウェールズ・テューダーがアルビオン王家に伝わる秘められし風の魔法を披露しよう!」 ウェールズは自らの役目を終えた。 風の通りやすい天守から風の魔法で増幅させた声は、間違いなくニューカッスルの岬中に響いたことだろう。 数瞬後に始まるであろう爆発を待ち、城と運命を共にするのを待てばいい。 父王ジェームス一世は自ら志願して最前線へと出向いた。 戦に出向くに何の支障もなくなった肉体で、戦に立ち向かえる父の晴れ晴れとした笑顔は、せめてもの救いであった。 多少心残りがあるとすれば、アンリエッタだけだ。 果たしてあの可愛らしい従妹は、無事に生きていけるだろうか。 「――アンリエッタ……」 最後に渡された手紙を胸に、訪れるべき最後の瞬間に知らず唾を飲み込んだその時―― 「次の殿下のセリフは『どうか僕のことは忘れて他の誰かを愛してくれ』という!」 「どうか僕のことは忘れて他の誰かを愛してくれ……はっ!?」 背後から掛けられた声に振り向いたウェールズは、信じられないものを目にした。 フネに乗って帰ったはずのジョセフが、自らに向かって紫の茨を伸ばしている! 余りの事に杖を取り出す事も出来ないウェールズの身体に茨が巻き付き、茨を辿って流された波紋は、容易くウェールズの意識をホワイトアウトさせた。 「またまたやらせていただきましたァん!」 爆発が巻き起こる天守から、気絶したウェールズを肩に担いで飛び降りるジョセフ! フネに乗って帰ったと見せかけ、ジョセフとタバサはこっそりとニューカッスル城に舞い戻り、礼拝堂で息を潜めていたのである。 全ては、ウェールズをトリステインに連れて帰るため。 ニューカッスル城の爆破解体の真の目的は、レコン・キスタに大被害を与える事などではない。それは目的の一つだが、あくまでも真の目的に至るための過程でしかない。 ウェールズ本人の演説の後発生する、城の解体、岬の崩落という一大スペクタクル。 これだけの大仕掛けをやった後、王子一人がむざむざ生き残るような不名誉な所業を選ぶはずがない。その心理の落とし穴に人々を陥れる為、これだけの大掛かりな手をジョセフは選択したのである。 ワルドが今回の旅で嬉しそうに述べた目的は三つある。 一つはルイズ本人。二つ目はアンリエッタの手紙。そして三つ目は、ウェールズの命。 三つ全てをトリステインに持ち帰るのは、まともな手段では為し得ない。 巨大なペテンの中に混ぜこぜた、あまりに小さな真の目的を看破できる者はほぼいない。 ルイズ達でさえ、ジョセフの真の目的を説明されたのは帰りのフネに乗り込む直前。 タバサを連れて行ったのは、無事にアルビオンからの脱出を成功させる為。 シルフィードと意識を共有するタバサがいれば、空中でシルフィードと合流してトリステインに帰る事が出来る。シルフィードは今、雲の中に隠れてタバサの合図を待っていた。 「説得するのがムリならムリヤリトリステインに連れ帰っちまやイイってこった! ざまァ見やがれレコン・キスターッ!」 計画を大成功させたジョセフが天守から降りてくるのを礼拝堂の屋根の上で確認したタバサは、フライの魔法を唱えてニューカッスル城からの脱出に移ろうとする。 だが。 タバサが唱えようとしたフライの魔法は完成することはなかった。 彼女が紡ぐ詠唱はすぐさま攻撃魔法に代わり――グリフォンに乗った男へ、氷の矢を放った。 しかし氷の矢は巻き起こる旋風に吹き飛ばされ、空中で砕かれ氷の欠片を撒き散らしたに過ぎなかった。 「おっと。そう易々と貴様の手を成功させる訳にはいかないだろう、ガンダールヴ?」 聞き覚えのある声。 ジョセフでさえ、ほんの一瞬だけ何が起こっているのか理解し切れなかった。 しかし、目の前の男が何者かは判る。忘れられるはずがない。 何故ならその男は、前の晩にジョセフに完膚なきまでの敗北を喫し。瀕死の重傷を負っていた筈なのに。 愛馬であるグリフォンに跨るその男は…… 「――ワルドッ!? 何故貴様がここにいるッ!」 腰に下げたデルフリンガーを抜いたジョセフに、ワルドは禍々しく唇の端を吊り上げた。 To Be Contined →